シングルEP「the Cross 愛の十字架」(1986)

 高杉敬二さん(BMIエグゼクティブ・プロデューサー、当時はボンド企画社長)によると、87年の秋に「バンドをやりたい!」と本田さんが言ってきたのだそうだ。

 高杉さんはすでに本田さんの路線を「歌謡曲」から転換させていた。86年秋に発売したアルバム「CANCEL」(東芝EMI、86年9月28日)はロンドンのミュージシャンを起用してロンドンのスタジオで録音し、前2作のアルバムとはまったく音を変えている。シングル「the Cross 愛の十字架」(86年9月3日発売)はゲイリー・ムーア(1952-2011)による作品で、ロック・バラードの傑作だ。

ロンドン録音時の本田美奈子さんとゲイリー・ムーア(1986、photo:BMI)

 

 ゲイリー・ムーアは英国の音楽家で、ロックやブルースで日本でもよく知られたギタリストである。85-86年にはクイーンのライブに前座で出演していたことも記録に残っている(ケン・ディーン『クイーン オペラ座の夜』改訂新版、宝島社、2005)。泣くように滑らかなビブラートをかけ、16分音符で駆け回るソロが心地よい。「the Cross 愛の十字架」とアルバム「CANCEL」のアルバム・タイトル曲でギター・ソロをとっている。

 当時のインタビューで本田さんはこう語っている。

 

ゲイリー・ムーアはアルバム「WILD FRONTIER」(1987 、Capitol-EMI)で「the Cross」をセルフカバーしている(タイトルは「Crying in the Shadows」)

 「イギリスでのレコーディングでの全部が美奈子にとってプラスになったと思います。(略)シングルの『the Cross』も日本の歌手の人の歌い方とは違っていると思います。普通、バラードといえば、流すように歌うのが日本の歌い方だと思うんです。でも、海外の人って、強く声を出しておいてから、途中で息を抜いたりするでしょ。そういうのが少し身に付いたかなァと思います」(本田美奈子「ORICON Weekly」1986年9月8日号、オリジナルコンフィデンス)

ポップロックから50’s、
ヘビーロックへ

 これがデビュー2年目の1986年秋、19歳だった。同時期にブライアン・メイのプロデュースが始まる。シングル「GOLDEN DAYS / CRAZY NIGHTS」(ロック・バラードとポップ・ロック)を86年11月に録音し、87年春に発売した(EMI)。

「GOLDEN DAYS / CRAZY NIGHTS」の録音直後、86年末には米国でジョー・ジャクソンのプロデュースによるアメリカン・ポップスのアルバム「OVER‐SEA」(東芝EMI、1987年6月22日)の制作が始まり、日米で発売している。

アルバム「Midnight Swing」(1987)

 続いて国内ではアルバム「Midnight Swing」(東芝EMI、1987年12月16日)を録音、発売するのだが、このアルバムではいっそうロック色が濃くなっている。

 86年には延べ1ヵ月半をロンドンで、1ヵ月弱をロサンゼルスで録音し、日本語のシングル2枚、アルバム1枚、英語のシングル1枚、アルバム1枚を制作している。

 当時はバブル経済のさなかで、海外録音自体、ポップスもクラシックも頻繁に行なわれていた。85年プラザ合意以降の円高下の低金利で、ジャパン・マネーが世界にあふれていた。本田さんの場合、英語のレコードを欧米でも発売しており、これはあまり例がない。ハク付け録音とは違うところだ。