「伝説のプリマ・三浦環~デビュー盤から最後の録音まで」と題された1枚物のCDアルバムがある。Vintageレーベルから1993年に発売されている。発売元は「おんがくのまち」とクレジットされているが、連絡先や住所の記載はない。連載第66回で、このCDは比較的手に取りやすいと書いたが、確認したところ、この数年でだいぶ消失しているようで、国会図書館をはじめ公共図書館は所蔵していなかった。東京芸術大学などの音楽大学図書館にはあるが、どうやら希少な存在になってしまったようだ。

「伝説のプリマ・三浦環」(1993)の収録曲

 筆者はこのCDを10年ほど前に東京の中古盤屋で購入した。その後もよく見かけたが、すでに市場からほとんど消えてしまっている。

「伝説のプリマ・三浦環~デビュー盤から最後の録音まで」(おんがくのまち、1993)のジャケット

 同封されたパンフレットには録音年代などのデータや詳細な解説が記されており、三浦環のディスコグラフィーを知るには貴重な資料となっている。また、三浦環の晩年10年間をいっしょに生活していた養子、三浦元佶(もとよし)氏の談話(1993年)が掲載されている、これもほかにはない資料である。

 CDに収録されている21曲は以下のとおり。

 「伝説のプリマ・三浦環~デビュー盤から最後の録音まで」

1. ある晴れた日に「蝶々夫人」(妹尾幸陽訳詞、プッチーニ作曲)
2. 操に死ぬるは (妹尾幸陽訳詞、プッチーニ作曲)
3. 宵待草(竹久夢二作詞、多忠亮作曲)
4. 叱られて(清水かつら作詞、弘田龍太郎作曲)
5. 忘れな草(勝田香月作詞、杉山長谷夫作曲)
6. 浜千鳥 (鹿島鳴秋作詞、弘田龍太郎作曲)
7. 背戸の段畑(俗曲、フランケッティ編曲)
8. 君よ知るや南の国(堀内敬三訳詞、トーマ作曲)
9. カヴァレリア・ルスティカーナより(伊、マスカーニ作曲)
10. 埴生の宿(英、ペイン作詞、ビショップ作曲)
11. ラ・スパニョラ(堀内敬三訳詞、キアラ作曲)
12. 菩提樹(妹尾幸陽訳詞、シューベルト作曲)
13. シューベルトの子守唄(内藤水?訳詞、シューベルト作曲)
14. フニクリ・フニクラ(妹尾幸陽訳詞、デンツァ作曲)
15. 窓辺行けば(前田三男訳詞、ブラーヘ作曲)
16. 歌に生き恋に生き(三浦環訳詞、プッチーニ作曲)
17. 永遠なる女性(日本世界復興会音楽研究所作詞作曲)
18. 庭の千草(里見義訳詞、ムーア作曲)
19.「プッチーニの想い出」(談話)?三十三間堂(俗曲)
20. ある晴れた日に(伊、プッチーニ作曲)
21. 可愛いがって下さいね(伊、プッチーニ作曲)

 CD化された素材の音源は、もちろんSPレコードである。大半のSPの提供者はクリストファ・N・野澤さんだそうだ。1924年生まれの野澤さんはSPレコードや蓄音器のコレクターとして有名な人だが、2013年に亡くなっている。蓄音器などのコレクションは、東京芸術大学に寄贈されているそうだ。

「クリストファ・N・野澤」は欧米人の氏名表記だが、ペンネームなのか本名なのかはわからなかった。日本コロムビアが音楽配信している「三浦環全集」の原音(連載第66回)も、野澤さんのコレクションから得ているものが多いようだ。「日本経済新聞」(2006年2月22日付)に「盤上の溝が刻む演奏史」と題した署名入りの記事を執筆している。この記事に少しだけ自身の履歴が書いてあった。なお、本業は生物学者である。

「貿易商をしていた父は第一次世界大戦中にロンドンに駐在、その後米国に移った。その時に買い集めたレコードが家に置いてあった。私もバイオリンを習い、昭和十一年には来日した名バイオリニスト、ティボーの演奏を聴く機会に恵まれた。レコードは戦後経済的に苦しかった時期に一度手放してしまったが、再び私がコツコツと集めた」(クリストファ・N・野澤、「日本経済新聞」2006年2月22日付)。

 このCDは「コツコツと集めた」膨大なSPの中から三浦環の代表的な録音をデジタル化したものである。日本コロムビアのCD全集の音源と同じだが、トラックダウンしたエンジニアや機材は違う。

 野澤さんは解説も執筆しておられ、三浦環の録音歴が紹介されている。以下は野澤さんの解説に記されていた記録を元にしている。