これからの営業に求められているのは、単なる商品やサービスの販売にとどまりません。流通パートナーとの戦略的な協働や、お客様の価値創造、共感を生み出す取り組みこそが求められているのです。そのためには、個々の営業のスキルやマインド、流通の仕組みや取引制度、営業組織を変えていくことが必要になります。
では、いかにして変えていくか? そのために必要な考え方やノウハウがまとめられた『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)から抜粋してみました。

視覚情報が脳に到達し、解釈されるまで7秒かかる
「ビジビリティ(視認性)」については、日本マクドナルドで改めて知った興味深いエピソードがあります。
マクドナルドの店舗前には、一日平均数千人が通り、数千台の車が通行しています。そこでは、「リードサイン」と呼ばれる屋外看板の有無や視認性が、お客様の来店数にポジティブな影響を与えることがわかっています。
私が営業本部長時代、屋外看板を飛躍的に増やすプロジェクトを企画したことがありました。設置基準に関して米国本社からざっくりとしたノウハウを教えてもらい、直営を中心に屋外看板を倍増する作戦を展開したのです。
実はマクドナルドには、お子様用のハッピーセットを買い求めるファミリー層のような目的来店のお客様以上に、むしろ非計画来店のお客様が少なくありません。その割合は過半数を占めています。
そこでリードサインの設置数を大きく拡大してみたのですが、大きな手ごたえがありました。
分析してみると、移動中と信号で止まった際の視認性、店舗からの距離、場所、大きさといった組み合わせにより、看板が売上を大きく左右することがわかったのです。その後、新店舗をオープンする際のノウハウが蓄積され、売上に多大な貢献をしてくれることになりました。
こうした「ビジビリティ」の有効性は、それをサポートする研究があります。行っているのは、カリフォルニア大学バークレー校の心理学、神経科学、視覚科学の教授であるデービット・ホイットニー氏と、スコットランドのアバディーン大学の心理学助教授で、カリフォルニア大学バークレー校のホイットニー研究室の元フェローであるマウロ・マナッシ氏が行った「知覚連続依存」に関する研究は、視覚的知覚の連続性がどのように人間の認識に影響を及ぼすかを探求しています。
彼らが研究しているのは、目的物たるオブジェクトが視界に現れるとき、人間の脳は「過去の知覚経験に基づいてそれを解釈し、連続的な視覚的世界の印象を形成する」という理論です。
これは「連続性の錯覚」とも呼ばれ、変化する視覚情報の中で、視覚情報を統合して知覚する脳の試みです。
その内容は「脳が見ているものの大半は直前の過去15秒間の集大成である」というものです。脳はリアルタイムの視覚情報をそのまま処理しているのではなく、過去15秒間の膨大な情報を平均化して処理することで、視覚の安定性を保っているのです。
また、彼らの研究は視覚情報が脳に到達し、それが過去の経験や欲求と照らし合わせて解釈されるまでに約7秒かかることも示唆しています。お客様が目から得た情報を視覚的感覚記憶(アイコニックメモリ)として記憶しておける時間は数秒程度という調査結果もあります。
これらの理論を正とするならば、小売業やレストランの看板のベストな設置場所がイメージできます。
お客様の移動手段(徒歩、自転車、自動車)によって、今いる場所から店舗までに掛かる移動時間が異なりますが、来店客の最もメジャーな移動手段で店舗到着までにかかる時間が、看板の知覚統合時間である15秒前後の範囲内になっていればいいのです。
または、移動中に7秒以上視認できる場所(例えば、ドライブスルー店舗では敷地内のポール看板、駅前店舗では改札出口近くなど)に誘導看板を置くと、立ち寄り率(STOP)が上がります。
店内、駐車場やドライブスルーにある商品やPOPを、お客様が、可能な限り7秒まで視認できる場所に設置すると興味(HOLD)と購入率(CLOSE)が上がります。
さらに車の平均移動スピードが速い道路にある店舗の場合、運転手の視野は狭まり、まわりに他の看板が多過ぎると自社ブランドの認知率が低下してしまうため、看板のデザインはより大きな板面、大きな文字、シンプルなメッセージ、または文字よりもロゴの表示を優先することが有効な取り組みとなります。
同じ論理は、店舗内のPOPにも適用できます。お客様が店内で歩くスピードと、主要動線のスタートである通路入り口から棚までの距離と時間をしっかりと考慮することです。その上で、売りたいカテゴリーとブランドの視認性を向上すべく、商品陳列とPOPの場所、ボリュームと視覚的際立ちを工夫することが重要となるのです。
こうした科学の知見をビジネスに応用するのは、まさにアメリカ流、と言えるかもしれません。ビジネスに応用できる研究は、まだまだたくさんあるはずです。
※本記事は『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)からの抜粋です。