ツキノワグマ写真はイメージです Photo:PIXTA

2023年、秋田県ではクマの餌となるブナ・ミズナラ・コナラの3種すべてが大凶作となる事態が発生していた。森林の餌が不足すれば、クマは人里に出てくる。そのうえ、子連れの母グマは、危険なオスを避けて日中に行動する。冬になっても目撃されたことから「もしや冬眠せず凶暴な“穴持たず”なのでは」という報道もされたが――自然写真家・永幡嘉之が見た事実とは。※本稿は、永幡嘉之『クマはなぜ人里に出てきたのか』(旬報社)の一部を抜粋・編集したものです。

秋田県の人身事故は
通常のクマの行動として説明可能

 クマに出会ったときにどうすればよいかについては、多くの本が出されていますし、秋田県のホームページにも詳しく解説されているので、ここでは触れません。

 この記事では、人身事故が多発した背景として、ただクマの数が増えただけなのか、それとも何か新たな変化が起こっているのかについて、触れておきたいと思います。

 秋田県でのツキノワグマによる人身事故は、例年は6件から12件ほどで推移していたものが、2023年には62件にものぼりました。

 以前から山形県で新聞報道など目にするなかで、ツキノワグマが住宅地に出てくる場所には共通性があることに気づいていました。

 水田の中に川に沿って樹林がある場所、なかでも河岸段丘もしくは幅広い河川敷がある場所の付近に集中しています。

 夜間に餌を食べるために川沿いの森伝いに下りてきて、夜明けまで餌を食べ続けた結果、早朝に人が行動を始めてしまい、森林に戻れずにパニック状態になる個体が、学校や人家に飛び込んだり、住宅地を走り抜けたりしていると考えられます。

 この点は、鵜野さん(編集部注:ツキノワグマの遺伝子の研究をしてきた。大学院生のときから猟友会にも入り、今は行政の職員としてクマの対策にあたっている。遺伝子の専門家だが、山での生態や行動もしっかりと見てきた)とも意見が一致しています。

 事故は、必然的に早朝に集中しています。また、薮に潜んで人が通り過ぎるのをやり過ごそうとしているときに人が接近してしまった場合や、子連れの母グマが仔グマを守ろうと襲いかかる場合など、詳細に調べれば、それぞれの例はツキノワグマの行動の面から説明できます。

 2023年の秋田県での人身事故の多発は、いずれもツキノワグマの通常の行動として説明が可能でしたし、事故は出会い頭に偶発的に起こるため、ツキノワグマの密度が高くなれば、発生件数は必然的に増えていきます。

 事故の報道が多くなるほど、恐怖を煽り立てる風潮がどうしても生まれてしまいますが、2016年に秋田県鹿角市の山中で見られたような、クマのほうから人を襲うようなことは起こっていないと考えられました。(編集部注:十和利山熊襲撃事件。2016年5~6月にかけ、タケノコ採りに来ていた人々がツキノワグマに襲われた。クマは人間の味を覚えたものとみられ、犠牲者は死者4名・重軽傷者4名に上った)

人は危害を加えないと学習するも
狩猟の解禁で一変

 次に、ツキノワグマが人に慣れる傾向がみられるかどうかも気にかけていました。