クマ写真はイメージです Photo:PIXTA

言葉には、つねに曖昧さがつきまとう。特に、否定語が含まれている文章には要注意だ。その否定語がかかる範囲によっては、意味が正反対になってしまう場合があるからだ。日常で使われる言葉の奥深さについて、言語学者が解説する。※本稿は、川添 愛『世にもあいまいなことばの秘密』(ちくまプリマー新書)の一部を抜粋・編集したものです。

「すぐに走って逃げてクマを興奮させない」
どこからどこまでを否定するか

 文の中に「~しない」や「~しなかった」などの否定の表現が入っている場合、それが文の中のどこからどこまでを否定しているかによって、文全体の意味が変わってきます。

 たとえば、「○○して△△しない」という文は、前半の「○○して」の部分が否定されるかどうかで曖昧になります。以前、山でクマに遭遇したときの対処法を書いた文章の中に「クマに出会ったときは、すぐに走って逃げてクマを興奮させないようにしましょう」という文を見たことがあります。この文には二通りの解釈があります。

 この文で意図されていたのは、「すぐに走って逃げるとクマが興奮してしまうので、そういうことをしてはならない」という解釈でした。実際、クマに出会ったときに突発的に走って逃げると、クマを刺激して攻撃に移らせる可能性があるため、ゆっくりと距離を取ることが推奨されています。しかしこの文には、「クマを興奮させないように、すぐに走って逃げましょう」という、逆の解釈もあります。もし、この文を読んだ人がこんなふうに解釈したら非常に危険です。