
2023年夏。山形を拠点とする自然写真家・永幡嘉之は、秋田在住の写真家・加藤明見さんの「今年はツキノワグマが餌不足で、水田のコメを食べに出てきている」という投稿を目にする。しかし、隣接する山形では、昼間に人の生活圏で行動するクマの姿は見られない。秋田と山形では起こっていることが違うのか?状況を確かめるため、永幡は現地へと向かう。※本稿は、永幡嘉之『クマはなぜ人里に出てきたのか』(旬報社)の一部を抜粋・編集したものです。
親子連れのツキノワグマが
何組も出てくる
私が訪れたのは、秋田県上小阿仁村と、北秋田市(旧阿仁町)でした。10月23日の朝2時間で、ひとつの集落のまわりで10個体のツキノワグマを見ましたが、そのうち7個体は、3組の親子でした。
ツキノワグマは、生後2年間は子どもが母親とともに過ごします。子どもの大きさからすれば、2組は1年目の親子、1組は2年目の親子だと考えられました。
これまでにも親子のクマを見た経験は何度かありましたが、これほどまで親子が出てくるのは初めてのことでした。しかも、日中に隠れることもなく餌を食べ続けています。

いったい何が起きているのだろう。やはり、秋田県では特殊なことが起こっているのだろうか。
10月29~31日には2つの集落のまわりで、それぞれ6個体および10個体の、計16個体を確認しましたが、やはり子連れが6組14個体にのぼり、単独のものは、夜に月明かりの下で見かけた2個体のみでした。
専門家とともに
現地の状況を見る
ひとつの集落に10個体という数も異常ですが、親子が何組も同じ場所に出てくることにも驚き、気にかかりました。
私はクマを専門に調べてきたわけではないため、なぜこのようなことが起こっているのかをすぐには説明できません。ここは専門家に相談しなければと思いました。
もっとも、ひとつずつ自分の眼で、起こっていることを確かめていくという私の手法は、ともかく時間がかかります。ツキノワグマの研究をしてきた人で、私の考え方を理解してくれており、かつ野外での経験が豊富な人といえば、どうしても限られます。
この場面で相談できそうな人は、山形県鶴岡市在住の鵜野レイナさん(編集部注:ツキノワグマの遺伝子の研究をしてきた。大学院生のときから猟友会にも入り、今は行政の職員としてクマの対策にあたっている。遺伝子の専門家だが、山での生態や行動もしっかりと見てきた)と兵庫県立大学の藤木大介さん(編集部注:著者の永幡とは学生時代からの旧知の仲)、そして岩手大学の大学院生渡邉颯太君(編集部注:ツキノワグマの行動を研究している)の3名です。
今回は東北地方でのことなので、旧知の鵜野さんに連絡をとりました。メールを出したのは、3度目に秋田県に行くことにした10月29日の前日のことでした。