これらは親が駆除されてしまったためにすぐに冬眠に入ることができず、餌を食べ続けていた仔グマだと考えられました。

 山形県に寄せられた目撃情報のうち、体長が記されていたものを参照すると、12月の後半には3個体すべてが1メートル未満の仔グマで、1月では7個体のうち4個体が仔グマでした。

 つまり、「クマが越冬に入らない異常事態」ではなく、狩猟あるいは駆除の結果、親とはぐれた仔グマを人間が作りだしていたことで説明がつきます。

 これと同様の例は、以前から鵜野さんに教わっていました。

 雪深い山形県朝日連峰の一角で、2月に民家の床下から仔グマが見つかり、遺伝子を調べたところ、母グマは前年に狩猟で駆除されていたことが明らかになったという例です(鵜野レイナ・東英生・玉手英利、2009.親子判定で明らかになったツキノワグマ幼獣の単独行動.哺乳類科学49(2):217-223.)。

大切なのは
事実と伝説を見分けること

 なお、新聞報道では「穴持たず」というクマの話題が出ていたことにも、触れておきたいと思います。

 11月になれば、話題性のあるツキノワグマのニュースはメディアでさかんに取り上げられていましたが、取材に応じる専門家の数が少ないこともあって、記者はコメントをとるために専門家を探しまわっている状態が続いていました。

 そのなかで、専門家から「マタギの伝説では“穴持たず”という冬眠しないクマがいるといわれ、空腹で気が立っているので凶暴」という話題が出たのです。

書影『クマはなぜ人里に出てきたのか』(旬報社)『クマはなぜ人里に出てきたのか』(旬報社)
永幡嘉之 著

 記事を批判する意図はありませんので、具体的にはこれ以上書きませんが、これが上記の「12月になってもクマが冬眠に入らずに街に出続けている」という情報と重なってしまったことから、凶暴なクマに気をつけるべき、という論調が生まれていきました。

 実際には人里に出てきたのは親とはぐれた体長50センチ程度の仔グマであり、ほぼ「母親クマの駆除」で説明できたことは、直前に書いた通りです。

 ここでは事実と伝説を混同しないことと、いたずらに恐怖を煽り立てる報道に惑わされないことを教訓として書きとどめておきます。

 誰もが不安を抱えている非常時にこそ、「自分の眼で物を見ること」を意識せねばと、自戒とともに思います。