「本物の家具」を作るには
職人たちの力が不可欠

 深澤とマルニ木工との関係は、このミーティングを機にグッと近づいた。

「ミーティングがあると、必ず食事に行ったのですが、それが僕らにとってとても幸せな時間でした。こんなに良い時間はないなと。そこから交流が始まったという印象です」

 深澤がそう話す。

 武はまた新たな気づきを得ていた。

「深澤さんから『どんなにデザインが良くても、座り心地が悪いとか、強度が保てなかったら椅子として評価されることは絶対にない。木の椅子は特にそうなんだ。それを乗り越えるには、職人たちの合理的で筋の通った、理にかなった、時に頑固な素晴らしい提案が必要。それを積み重ねること、練って練っていくこと、が大切です。

 そうすると、まるで讃岐うどんのコシのようなものが出てくるんですよ。それでこそ、本物の家具ができる。マルニとはそんな仕事ができる』と言われて僕は、頭を金槌で殴られたようなショックを受けていました。

 僕はネクストマルニの時に、うちの技術者を黙らせて、『デザイナーの言う通りにやってほしい』と伝えていた。しかし、深澤さんは違っていた。木工の職人を心の底から信じていたんです。そしてそのパートナーに、自分たちを選んでくれた。衝撃と幸福感が僕の中で渦巻いていました」

 深澤はマルニ木工をどう見ていたのか。

「マルニのことはなんとなくは知っていました。でもヨーロッパ調の非常にアンティークな感じの椅子をやってたんで、それはちょっと今の時代には合わないんじゃないかなっていう気持ちもありました。そして、僕にデザインはもちろん、アートディレクター的な、マルニ木工のこれからの商品計画をやってくださいと依頼を受けた。これは一気にチャレンジする良いタイミングだなと了承したわけです。

 ネクストマルニでは12人のデザイナーが参加していましたが、今後、誰かひとりを選び、新しいプロジェクトをスタートさせるなら、僕が適任なのに、と思っていましたよ。ちょっと驕りになっちゃいますけど、よくぞ僕を選んできたな、と素直に嬉しかった」

 深澤は多くを語らず、一言こういった。

「わかりました、一緒にやりましょう。作るのは最高の椅子です」

 感激した武は、ただ頭を下げることしかできなかった。