デザイナーにとって重要な
「椅子」というアイテム

 プロダクトデザイナーの仕事は多岐にわたる。キッチン用品や家具、家電、時計などから、建築物までをデザインすることもある。深澤直人もその1人として、世界を舞台に活躍してきた。

 そんな深澤にとって、椅子をデザインするというのは、特別な想いがあった。

「ヨーロッパにおいて、建築家でもエンジニアでも、プロダクトデザイナーでも、椅子をつくる時は慎重にやらなきゃいけないというのが、僕の中にあったんですよ。なぜかというと、椅子をやって失敗すると、それが致命傷になるからです。失敗すればキャリアを失うぐらい重要なアイテムなんです。逆から見れば、世界的なデザイナーは、椅子を作って有名になっている歴史もある。

 だから、初めて木の椅子をやるってことは、自分のデザイン人生を懸けるということです。失敗したから、また次に良いのをやりますというわけにはいかない。しかも木の椅子は制約が多く、かなり難しい。そういう意味でも、誰と作るのかが重要なんです。有能な職人、技術力のあるメーカーと組んで、デザインしなくちゃいけないなと考えていたんです。そういう人たちに出会えたら、一生タッグを組んで、やり続けることになるだろう、と」

 深澤の言葉通り、椅子で世界を席巻したデザイナーは少なくない。

 アルヴァ・アアルト(編集部注:フィンランドの建築家)の「チェア611」、ル・コルビュジエ(編集部注:スイスで生まれ、フランスで活躍した建築家)の「LC1スリングチェア」、エーロ・サーリネン(編集部注:アメリカ合衆国において活躍した建築家、プロダクトデザイナー)の「ウームチェア」、ミース・ファン・デル・ローエ(編集部注:ドイツ出身の建築家)の「バルセロナチェア」、フランコ・アルビニ&フランカ・ヘルグ(編集部注:イタリアの建築家と共同制作者)の「トレペッツィ」、ジャスパー・モリソン(編集部注:ロンドン出身のプロダクトデザイナー)の「AIR-CHAIR」など、その姿はどれも人の心を捉えて離さない。

「彼らは皆、天才的で優秀なデザイナーだと思います。僕がそこに太刀打ちできるとしたら、森の国に生まれ、木を愛しているということです。木という材質は僕だけでなく、人が1番好きなもの。なので、人間は木製品をすごく愛おしむのです。木の椅子は魅力の塊になる。僕が木の椅子を作るのであれば、頂点を目指すのは当然だろうという想いがありました」