あなたの会社では「1on1」を行っているだろうか。1on1とは上司と部下が一対一で定期的に面談をするマネジメント手法だ。ヤフー(現・LINEヤフー)が2012年から取り入れたことがきっかけとなり広がった。しかし、定期的に部下と話す時間を確保するのはなかなか大変なことだ。「何を目的にしているのかがわからない」という人も少なくないだろう。当時、ヤフーで上級執行役員を務めており、1on1の仕掛け人でもあった本間浩輔氏(現在はパーソル総合研究所取締役会長や朝日新聞社の社外取締役などを務める)は「1on1はご自由に」と伝えているという。その理由は何か。本記事では、本間氏の著書『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』の内容をもとに「1on1の目的とは何か」について紹介する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

ヤフーの1on1Photo: Adobe Stock

1on1は何のために行うのか

 管理職、特にプレイングマネジャーは大変だ。

 実務を持ちつつ、マネジメントをするのは時間配分を考えなければならないし、気力もいる。そんな忙しい中、会社から「1on1を定期的に行うように」と言われ、頭を抱えている人も多いのではないだろうか。

 また、忙しいからだけでなく、「何を目的に話せばいいかわからない」と思い悩んでいる人も少なくないはずだ。

 しかし、ヤフーに1on1を導入した本間氏は、「具体的に1つの『目的』は定めずに行うことを推奨しています」と言い、その理由を次のように語る。

なぜなら、1on1による効果は特定のものではなく、1つの目的を決めてしまうことで1on1の可能性を狭めてしまうためです。
仮に「1on1は部下の成長のために行う」という目的を決めたとします。そのこと自体は間違いではないのですが、それは同時にほかのメリットを否定することにもなりかねません。(P.54)

 これは一体どういうことだろうか。

1on1で雑談はNG?

 本間氏は「目的を定めなくていい」と言うが、1on1が毎回雑談に終わってしまうとしたらどうだろうか。

 本間氏は「私は『1on1は雑談の場ではない』とよく言っています」と注意喚起する。

 さすがに本間氏も「1on1が毎回雑談になってしまうことは、社員の成長によって企業価値を上げるという視点において、マイナスであると考えている」からだ。

 一方で、本間氏は「雑談がすべてNGであるとは考えてはいない」とも語る。

 それは次のような理由からだ。これは、本間氏が友人から聞いたエピソードである。

ある日の1on1で、その日に限って上長から、「●●さん、聞いてください。週末、私の娘の彼氏が僕に会いに来るんです。結婚の話かもしれません。どうしよう」と相談を持ちかけられたそうです。
これが相談なのか、雑談なのかはよくわかりません。また、「1on1は部下のために行う」という原則からも逸脱します。ですが、ときとしてこのような1on1があってもよいのではないでしょうか。
いつもは厳しい上長の人間的な一面を見ることは、意味がないことではありません。むしろ微笑ましい話です。(P.55-56)

 確かに、こうした雑談が上司と部下の距離を近づけるきっかけになるのであれば、それは意味があると言ってもいいだろう。

 こうした例もあることから、本間氏は「1on1の目的を限定してしまうのは危険」と指摘するのだ。

1on1は、その「目的」より「効果」が重要

 1on1は上長と部下のコミュニケーションだ。

 そして、人と人とのコミュニケーションとは、そもそも「目的」をはっきりさせなければできないものではない。

業務を遂行するための「意思疎通」が目的となる場合もありますが、ときには何気ない雑談が「問題解決」のヒントになることもある。
つまり、特定の目的のためにコミュニケーションがあるというより、コミュニケーションには多様な効果がありうる、と考えるのが自然です。(P.56)

 このように、本間氏は1on1について、「『目的』よりも『効果』が重要」と考えている。

 本間氏がヤフーに1on1を導入する際に考えた効果の一つは、「経験学習の促進」だ。

「経験学習」とは、職場での経験を学びに換えて、次の仕事に活かしていくという人材育成の考え方のこと。

 本間氏は「この経験学習の代表的な理論に『7:2:1の法則』がある」と語る。それは次のようなものだ。

これは、人の成長を決める要素の比率と言われていて、アメリカのコンサルタント会社であるロミンガー社が提唱しているものです。
「7:2:1」のうち、7は「仕事経験から学ぶ」割合、2は「他者から学ぶ」割合、そして残り1は「研修や書籍から学ぶ」割合を示しています。(P.58)

 つまり7割を占める「経験」こそが最も人を成長させるというわけだ。

1on1を活用し、経験を学びに換える

 一方で、「単に経験を重ねるだけで学びが深まるかというと、それほど単純ではない」と本間氏は指摘する。

「経験を学びに変えるためのPDCAサイクルが必要」と言うのだ。

 その考えを補足する理論として、ヤフーはアメリカの教育理論家であるデービッド・コルブの経験学習サイクルを採用している。

 それは次のようなものだ。

コルブの「経験学習サイクル」とは、(中略)人の学びは「経験をする→内省する→教訓を引き出す→適用する」というサイクルをたどる、というものです。
ヤフーにおける人材育成では、経験学習のサイクルをまわすことをイメージしています。
社員の具体的な経験をもとに、その経験を掘り下げて内省してもらい(省察的観察)、そこから教訓を引き出し(概念化)、次の仕事(新しい状況)に活かしていく。
このサイクルを何度も回転させることによって、社員の学びを深めていくのが狙いです。(P.59)

 具体例を挙げてみよう。

ステップ1
ある社員が営業先でプレゼンテーションに失敗する。

ステップ2
その後、その社員は上長との1on1で、失敗したプレゼンテーションについて話す。そのとき上司は、うなずいたり、相槌を打ったりしながら、部下が失敗したときの様子を思い出すように促す。さらに、「うまくいったときと今回の違いはなんだと思う?」「同じような経験はあったの?」などと質問をしながら、部下の内省を支援していく。

ステップ3
この部下は、失敗したプレゼンテーションの経験から「資料のつくり込みが中途半端で、伝えたいことが伝わらなかった」という教訓を引き出す。

ステップ4
それを受けて上長は、経験から得た教訓を活かす次の機会(プレゼンテーション)を探していく。

 これが、1on1を使った経験学習サイクルだ。

上長だからこそできる経験学習の促進

 こうした経験学習の支援は、外部のコーチなど協力者と依頼者の間で行われることが多いようだ。

 しかし、「ヤフーの場合は上長と部下の間で経験学習の支援を行うのが特徴」と本間氏は指摘する。

 上長が行うことにより、資料の説明に同席した人の話を聞いたり、提案に使った資料を確認したりも可能だ。これは外部の人間にはできないことだ。

 これらのことから、本間氏は「上長が部下の経験学習の促進に積極的に働きかけられるのが、社内で1on1を行う最大のメリットである」と語る。

 もし、あなたが「1on1をどのように活かしたらいいかわからない」のであれば、こうした経験学習のサイクルを回すことに使ってみてはいかがだろうか。

 経験から学習し、成長につながることが実感できれば、部下もきっと1on1を行う意義を感じてくれるに違いない。