
三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第181回は、日本の若者が恐れる「2文字の言葉」に迫る。
校長就任のあいさつで訴えたこと
時価総額争奪ゲームは主人公・財前孝史の勝利に終わった。敗れた慎司が勝負の舞台設定に費用がかかったことを詫びると、藤田家の当主は「子供たちが真剣勝負で競うところにお金を目一杯投じるのは当たり前のことだ」と言い切る。
「教育が最良の投資先である」はこの連載で繰り返してきた私の持論だ。千葉商科大学付属高校の校長になった今、その想いはより強くなっている。
若者の成長の舞台を演出するためにお金をかけることを「至極当たり前」と断言する藤田家当主の言葉に強く共感する。あえて付け加えると、大人は「舞台を用意すること」に専念して、そのステージで何を、どうやるかは、若者自身が探してほしいと考えている。
今年4月、就任早々の始業式で全校生徒に「目標を持とう」と呼びかけ、私自身の目標を「おもしろい学校をつくること」だと宣言した。
そして、こう付け加えた。
「校長が変わったくらいで学校がおもしろくなるはずがない。おもしろくするのは君たち自身だ。舞台は用意する。君たちはまだ若く、失敗する権利がある。何でもやってみて、『おもしろい学校にする』という私の目標を達成させてほしい」
日本の若者が恐れる「2文字の言葉」

私が強調したかったのは「失敗する権利」だ。若者が新しいことに挑戦しなければ未来はない。そんな大風呂敷を広げなくても、法律上は成人になってしまう前に、生徒たちには小さな失敗から大事なものを学んでほしい。
私の願いとは裏腹に、日本は「失敗を許容しない国」の色彩を濃くしている。OECDの2018年の調査によると、日本の15歳の77%が「失敗すると他人の目が気になる」と答えている。OECD平均は56%にとどまる。
学力や他の幸福度では他国並みからむしろポジティブな結果が出ているのに、失敗に関しては周囲の目を気にする割合が非常に高い。この傾向は特に女子で強いという。
これは子どもたちだけの問題のはずがない。容易に想像がつくのは、親自身が「子育てで失敗はできない」というプレッシャーにさらされ、それが伝播する構図だ。
子どもの数が減り、「パーフェクトベビー幻想」の延長で学齢期の子どもにも親が理想像を求めてしまう。その裏側には「完璧な子育てを成し遂げて自分の価値を確かめたい」という投影心理も透けてみえる。
失敗に不寛容な空気は大人社会も同じだ。SNS上の「炎上」は人民裁判の様相を強め、公式の場ではポリティカル・コレクトネスに神経をとがらせざるをえない空気が充満している。こんな環境で「挑戦を」と言ったところで、賢明な若者ほど「割に合わない」と一歩踏み出すのをためらうのは当然だろう。
改めて言うまでもなく、人は失敗からこそ、多くを学ぶ。最良の教師を遠ざけては若者の成長は望めない。思う存分踊れるステージと、致命傷や他人を傷つけることのないようにセーフティーネットを兼ねそろえた「舞台」を用意する。これが大人の仕事のはずだ。SNSで罵りあっている場合ではない。

