学習者がすでに2つの言語を知っているとしたら、3つめの言語を学習するときにも当然、既知の第一言語と第二言語からの影響が生じます。どちらも言語転移となります。
たとえば、筆者が大学でスペイン語を第二外国語として習ったときには、日本語─スペイン語の日西辞典ではなくて英語─スペイン語の辞書を買ってきて、英語からスペイン語に置き換えるという作業をいつもやっていました。
日本語とスペイン語ではかなり構造が違いますが、スペイン語は文法も単語も日本語よりはずっと英語に近いので、すでに知っている英語を使って、「英語からスペイン語へ」という戦略をとったほうが効率がよいからです。
発音は「母語の干渉」が
かなり強い分野
さらに、音声も母語の干渉が非常に強い分野と考えられています。母語の干渉が非常に強いため、発音の特徴から、母語が推測できるほどです。
たとえば、アメリカ映画で、英語を母語としない登場人物が出てくると、それがロシア人だったり、メキシコ人だったり、中国人だったりするのですが、それぞれの特徴的ななまりを使って英語を話すのです。もちろん、実際の役者はその母語の話者とは限らず、アメリカ人だったりするわけですが。
もう1つ(悲劇的な)例をあげると、1923年におきた関東大震災の後、朝鮮人が暴動をおこす、というデマが流され、その結果、多数の朝鮮人が虐殺されるという事件がありました。
その際、朝鮮人かどうかを調べるのに使われたのが、この「発音における母語の干渉」なのです。

白井恭弘 著
「10円50銭」と発音させると、朝鮮語には無声音と有声音の区別(たとえば、kとg、pとb、tとdの区別)がなく、「ジュ」の音も独立した音の単位(音素)としては朝鮮語にはないので、たいていの朝鮮人はうまく発音できません。
日本人に英語のLとRの区別ができないのも同様です。日本語では、Lの音もRの音も区別されないので、日本語の母語話者がこの区別をするのは容易ではありません。
これは、発音するときに区別するのが難しいだけでなく、聞き取りでも区別が難しいのです。
この日本人のLとRは、第二言語習得の世界では有名な話で、かなりの研究が行われています。日本人には、rice(「米」)とlice(「シラミ」の複数形)のような区別ができない、という研究はもちろん、この2つの音を区別させるような訓練をすると弁別能力が向上する、といった研究も多数あります。