初期コストが安く解約が容易なSaaSが
中堅・中小企業には効果的
生成AIの活用は、日本企業全般に当てはまる生産性向上策となる。一方、中堅・中小企業の生産性向上に中長期的に寄与するのがSaaS(Software as a Service)だ。ソフトウエアの利用をインターネット経由で提供するサービスである。
従来のオンプレミス(自社内にシステムを構築・運用する)型のシステム活用は莫大な開発費用がかかり、中堅・中小企業にとって導入ハードルが非常に高かったが、生成AIを含めてSaaSシステムの料金体系はサブスクリプション型が主流で、一般に導入コストを低く抑えられる。もちろん、個別に見れば、既存システムからのデータ移行、利用のためのトレーニング、周辺システムとの連携などの関連コストがある点には注意が必要だ。
特に、「業界特化型のSaaSの導入は、中堅・中小企業の生産性向上に効果的だ」と根来教授は言う。

早稲田大学名誉教授
根来龍之 氏
ねごろ・たつゆき●京都大学文学部哲学科卒業。慶應ビジネススクール修了(MBA)。早稲田大学教授などを経て現職。現在、大学院大学至善館特命教授、デジタル経営研究センター所長を兼務。『集中講義 デジタル戦略』『プラットフォームの教科書』『ビジネス思考実験』『事業創造のロジック』(いずれも日経BP)、『代替品の戦略』(東洋経済新報社)など著書多数。
例えば建設業界のSaaSでは、建設会社と職人を結ぶマッチングアプリが効果を生んでいる。大規模建築事業は、建設会社が主に設計と施工管理を行い、基礎、建設、内装などの各工事はそれぞれの下請け会社に発注し、分業する。さらに下請け会社は、自社でリソースが足りない部分を、大工、左官、クロス職人など「一人親方」と呼ばれる自営業の職人に再委託する。建設業界に特化したSaaSアプリは、こうした職人のマッチングや工事日程管理などをスマートフォンで行えるように設計されており、ITに慣れていない一人親方でもスムーズに活用できる。
介護業界でもSaaS導入は効果的だ。「介護事業は労働集約型で慢性的な人手不足にある上、介護記録や介護保険請求などで介護特有の用語を使い、煩雑な事務作業も多い。システム化することで、未経験者でも業務に慣れやすくなる」(根来教授)。小規模事業所が多いため、低コストSaaSの活用で生産性を高めることが望まれる。
業界特化型のSaaSの供給企業は近年、急増している。そのためサービスが玉石混交になっている業界もあり、その良しあしの見極めが必要になる。ただし前述したように、SaaSシステムは導入コストが一般的に低いため、使ってみて課題が大きいと判断すれば解約してもダメージは大きくない。導入後、より良い商品が他社から販売されているのを見つけたら、乗り換えればよい。スイッチングコストは小さい。
SaaSへの投資で失敗するリスクは、その活用をちゅうちょすることで生産性向上の流れに乗り遅れるリスクに比べると、決して大きくはない。それにもかかわらずDX(デジタルトランスフォーメーション)への投資になかなかかじを切ることができないところに、日本企業の課題がある。