タブレット注文では「わがまま」な選択ができる

 吉野家のタブレット導入は、単なる業務効率化ではない。

 心理的な抑制要因を取り除き、顧客が望む内容をそのまま実現する環境を整備した点に意義がある。スタッフを介さずに自由な注文ができる仕組みは、顧客にとってストレスのない食体験を提供し、注文の自由度を飛躍的に高めている。

 牛すき鍋膳の肉を増やし、玉子を追加し、さらに小鉢をつけるといった個々の好みに即した注文が、誰の目も気にせず完了する構造が、吉野家のオペレーションに新しい風を吹き込んだ。

 このような自由な注文環境が生まれた背景には、注文端末が持つ購買促進機能が存在する。ハンブルク大学の研究『Effects of Self-Service Kiosks on Buying Behavior』(2023年)によれば、セルフオーダー端末では注文単価が14%から16%上昇する傾向がある。

 自動的に関連商品を提案する仕組みが備わっており、牛丼にみそ汁やサラダを加えるような行動が自然に誘発される。

 加えて、注文時に店員の視線を気にしないことも重要である。実際に、同研究では、セルフオーダー端末は、スタッフへの注文に比べて砂糖が32%・トランス脂肪酸が42%増えるとの分析がされている。つまり、周囲の目を気にせず、自分の欲求に忠実な選択がしやすいということである。

 タブレット注文は、従来の吉野家が培ってきた接客文化と対照的な仕組みでありながら、利用者の注文体験を刷新し、収益面でも貢献している。

 吉野家がタブレットを導入した背景には、こうした実証データに基づく合理的な判断があるとみてよい。来店者がどのようなメニューを選ぶのか、どの組み合わせが選ばれやすいのかといった情報は、データベースとして蓄積され、次なる商品開発や価格戦略の根拠となる。

 タブレット注文の利点は、自由な選択肢と売上向上だけではない。吉野家の店舗では、注文履歴をもとに曜日別、時間帯別の売れ筋商品を把握し、食材の仕入れやシフト管理に活用している。