
今回は、孫正義氏が(ほとんど自らのせいなのに)怒りを露わにして、事業を牽引した話をしたい。怒るとすぐ「パワハラ」というレッテルが貼られてしまう昨今だが、ときにリーダーには、怒りを表現することが求められる局面もある。(イトモス研究所所長 小倉健一)
事業存続すら危うい綱渡り経営
孫正義氏のこれまでの軌跡と人柄は、杉本貴司著『孫正義 300年王国への野望』(日本経済新聞出版)に詳細に描かれている。
時は2001年。孫氏率いるソフトバンクは、破格の低価格とスピードを武器にADSL事業「Yahoo! BB」を立ち上げ、インターネット業界に大きな衝撃を与えた。
しかし、社内体制はまったく追いついていなかった。
顧客管理はExcel頼みで、作業が重複し、オペレーションは混乱。サポート体制も整っておらず、クレームが殺到し、現場は疲弊していた。孫氏は契約数の急増に賭けたが、通信インフラも運用ノウハウも不足。赤字が膨らみ、経営は綱渡り状態で、事業の存続すら危ぶまれた時期だった。
ADSLとは、電話回線を利用してインターネットを高速接続する技術の一種で、当時としては最先端だった。ソフトバンクはそれを月額2280円という破格で提供したのだ。大手通信会社が1.5Mbpsで月額約5000円という価格で展開していたなか、速度は最大8Mbps、価格は半分近い。いわば市場破壊である。
戦略は当たり、契約希望者が殺到した。ADSLという新技術への期待、料金の安さ、申し込みの手軽さが重なり、ソフトバンクは急激にシェアを伸ばした。2002年時点で回線契約数は100万を超えていた。