インドとブラジルも少子化!? 「1枚の図」が語るとんでもない事実
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

インドとブラジルも少子化!? 「1枚の図」が語るとんでもない事実Photo: Adobe Stock

インドとブラジルも少子化が進んでいる!?

 2000年代に入り、インドとブラジルは中国、ロシアとともに「BRICs」と称されました(後に南アフリカ共和国を含めて「BRICS」となる)。両国は「新興国」や「途上国」といわれてきましたが、近年は世界的に見ても経済や社会構造が急速に変化しています。ここでは、合計特殊出生率(1人の女性が生涯で生む子供の数)に注目してみます。

 人口が減りも増えもしないとされる人口置換水準は、合計特殊出生率が2.1ほどとされます。さて、インドとブラジルの合計特殊出生率、それぞれの値を知っていますか? 「農業が中心だから、やっぱり子だくさんじゃないの」と思っていませんか?

 実は両国ともすでに2.1を下回っています。世界銀行の統計(2022年)によると、インドは2.01、ブラジルは1.63となっており、もはや高い出生率を誇る「多産国家」ではありません。

インドとブラジルの人口動態を探る

 中国を抜いて人口数が世界最大となったインドは、その数が14億3807万(2023年)を超えました。

 特に農村部では、子供が労働力になることや文化的背景などから出生率が高いとみなされてきました。しかし近年は都市部を中心に教育水準が上がり、女性の就学率や社会進出が顕著になっています。大学進学や就職を重視する家族像が広まることで、子供の数を抑える傾向が生まれ、結果的に合計特殊出生率が2.1を下回りました。

 ムンバイやデリーなどの大都市圏では、住居費や生活費の高さ、育児コストの増加なども重なり、子供を多くもうけることが難しくなっています。

 一方、ブラジルは広大な国土と豊富な資源を背景に急速な経済発展を遂げてきた国で、南アメリカ最大の経済規模を誇ります。かつては貧富の差が大きく、都市部と農村部で出生率に大きな開きがありましたが、家族計画の普及などの要因で出生率の低下が進みました。

 サンパウロやリオ・デ・ジャネイロなどの大都市だけでなく、地方都市でも女性の高学歴化や労働市場への参入が加速し、もはやかつての多産傾向ではなくなりました。

 インドとブラジルにおける出生率の低下は、都市化の進行と密接に結びついています。

 大都市へ移住した若い夫婦は、農村部のように多産を奨励されるわけでもなく、住居費や子供の教育費の高騰もあって、生活水準を維持するためにも「子だくさん」を避ける傾向にあります。

 加えて、女性が高等教育を受けて就業するチャンスが拡大すれば、結婚や出産の時期が遅れたり、子供の数が制限されたりする現象が起きます。

 わずか数十年のあいだに、両国の人口ピラミッドはすでに富士山型ではなくなり、釣り鐘型に近づいています。下図(インドとブラジルの人口動態)を見てください。

インドとブラジルも少子化!? 「1枚の図」が語るとんでもない事実出典:『経済は地理から学べ【全面改訂版】』

経済成長と人口ピラミッドの変化、そして地域格差

 インドやブラジルの出生率低下は、経済・社会構造の大きな変化を象徴する出来事といえます。両国は豊富な若年人口による労働力が成長エンジンとなってきましたが、少子化が進めば、その恩恵が想定より早く尽きる可能性も指摘されています。

 いわゆる「人口ボーナス」の期間が短くなると、高齢化の波が急速に押し寄せてくるかもしれません。

 とりわけ注目すべきは、地域格差の問題です。インドでは合計特殊出生率の値(2020年)が州ごとに大きく異なります。国内でも生活水準が比較的高い北部のデリー準州(1.4)や首位都市のムンバイが属するマハーラーシュトラ州(1.5)、南部のカルナータカ州(1.6)、タミル・ナードゥ州(1.4)は値が小さく、また生活水準が比較的低いとされる北部のビハール州(3.0)やウッタル・プランデシュ州(2.7)などは値が大きくなっています。

 インド全体で見ると、農村部の合計特殊出生率が2.2であるのに対し、都市部では1.6となっていて、先述の内容が理解できます。

 ブラジルもインド同様に国内の地域格差が見てとれます。特に赤道周辺に位置する北部の州は合計特殊出生率が2.0を超えますが、南東部にかけて数値が小さくなっていきます。サンパウロ州やリオ・デ・ジャネイロ州、サンタ・カタリーナ州、リオ・グランデ・ド・スル州といった大都市を有する南部諸州は、1.6を下回るほどに低くなっています。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)