【やばい少子化】インドとブラジルが直面する“破綻の予兆”
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

インドとブラジルで進んでいる「少子化」の実態
2000年代以降、インドとブラジルは新興国「BRICs」の一員として注目されてきましたが、近年では社会構造が大きく変化しています。特に合計特殊出生率において、インドは2.01、ブラジルは1.63と、いずれも人口置換水準(2.1)を下回っています。
インドでは、都市化や女性の教育・社会進出が進み、従来の多産傾向は薄れつつあります。ブラジルでも家族計画や高学歴女性の増加により、出生率が大きく低下しました。
両国に共通する要因は、都市部での生活費や育児コストの上昇、高等教育の普及、女性の就業機会の増加などで、これらが子供の数を抑える要因となっています。その結果、人口構成も多産型から釣り鐘型へと変化しつつあります。
このまま少子化が続くとどうなる?
出生率の低下にともない、高齢化率が上昇し始めれば、先進国が経験してきた年金・医療・介護などの負担増が、インドやブラジルにも波及することになるでしょう。
特にブラジルでは、少子化による高齢化の進行と国家財政の負担増を背景に、2019年に当時のボルソナロ大統領が「年金改革(Reforma da Previdência)」を断行しました。
実際、この改革では保険料の拠出期間延長や受給開始年齢の引き上げなどが検討・実施されましたが、依然として地方や職種、所得水準による格差が大きく、十分な再分配機能を果たせるのかは課題として残っています。こうした制度的な脆弱性は、出生率がさらに低下し高齢化率が上昇する局面でいっそう顕在化する可能性があり、今後のブラジル経済にとっても看過できないリスクとなっています。
そして、出生率の低下は高齢者割合を上昇させ、それにともなって死亡率が上昇していくと、既存の社会保障制度では対応が間に合わないリスクも否定できません。「もはや途上国ではない」と評価されるほど経済成長を遂げても、人口構造の急変が内在する問題は決して小さくありません。
少子化が続くと、高齢化率の上昇が加速し、死亡率も上昇していきます。インドではいまだ農村部に若い世代が多く残っているとはいえ、大都市に集中する中産階級では高齢化が急激に進行するシナリオが予想されます。ブラジルも寿命の延伸や出生率の低下を背景に、高齢者人口が膨らむ時代を迎える見通しです。これまで両国は「途上国」と呼ばれてきましたが、実際には経済規模や産業構造が大きく変化し、人口ピラミッドも先進国に近づきつつあります。
しかし、国内の全地域が一様に発展しているわけではなく、貧困や社会不安が残る地方ほど出生率が高い傾向を維持している例もみられます。
結果として、政府や地方自治体は高齢化対策と地域格差の是正に同時に取り組む必要があるでしょう。
インドとブラジルの進むべき道
インドは、地の利と言語を活かしたソフトウェア産業を中心とした先端技術産業を伸ばし、ブラジルは農業・鉱業分野と先端技術を融合させるなど、それぞれ新たな可能性を模索していますが、若年人口の減少によって労働力不足が顕在化すれば経済成長にブレーキがかかるのは必至です。
そこで移民受け入れの拡大が一案として浮上するものの、「異なる価値観」を持った人々が1つの国で暮らしていくのは容易なことではありません。
今後、インドもブラジルも途上国のイメージから抜け出す一方で、すでに先進国で顕在化した課題を抱える複雑な時代に入りつつあります。労働力と生産性のバランス、いかにして急速な高齢化や死亡率の上昇に対応していくのか、人口ピラミッドが富士山型でなくなった現状を踏まえると、両国の人口動態の行方が世界経済や国際関係に与える影響は、ますます大きくなると考えられます。
(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)