不確実性の高い状況に対処する思考様式、「エフェクチュエーション」が話題だ。コロナ禍以降、社会経済環境は大きく変化している。テクノロジーの進化や国際情勢も目まぐるしく、先行きは不透明だ。そんな中で未来を予測するのは不可能に近い。不確実性の高い時代を生きる私たちにとって、「エフェクチュエーション」は大きなヒントとなるだろう。『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』は、この理論をわかりやすく解説した日本初の入門書だ。本記事では、エフェクチュエーションの5つの原則のうち「レモネードの原則」に焦点を当てて紹介する。(文/小川晶子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

エフェクチュエーションPhoto: Adobe Stock

失敗を避けようとするより、活用する考え方

 新しいことを始めるとき、それが重要なことであるほど「失敗したらどうしよう」というおそれが湧き上がるものだ。

 たとえば、ブログで自分のコンテンツを発信する、YouTubeで動画配信を始めるというときも「威勢よく始めたはいいけれど、全然思い通りにいかなかったら?」など不安が出てきて始められなくなってしまう。

 ましてや新しいビジネスを始めようとするときは、失敗へのおそれが出てくるのも当然だという気がする。

 失敗を恐れずガンガンいける人は、一握りの特殊な人なのだ……。

 そんなふうに思っている人に、ぜひ知ってほしい意思決定法がある。失敗が怖くなくなり、チャレンジしやすくなる意思決定法が、いま注目されているのだ。

 優れた起業家が実践している思考様式「エフェクチュエーション」の一つ、「レモネードの原則」である。

レモネードという名称は、「人生が酸っぱいレモンを与えるなら、レモネードを作れ(When life gives you lemons, make lemonade.)という英語の格言に由来するものです。つまり、美味しい果物を手に入れたいと期待したにもかかわらず、酸っぱくて食べられないレモンしか手に入らないのなら、それは不都合な結果といえますが、だからといって手にしたレモンを捨てたりせずに、酸っぱいレモンはより美味しい飲み物を作る原料にすればよいという発想です。
同じように、必ずしも望ましくない予期せぬ事態が起こった場合、熟達した起業家は、それを避けようとしたり無視したりするかわりに、むしろそれを新たな行動のための資源として積極的に活用することで、新しい価値あるものやより望ましい成果を生み出そうとするのです。(P.85-86)

不確実性のタイプと、それに合わせたアプローチ

 エフェクチュエーションは、不確実性の高い状況で、予測ができないときに大きな威力を発揮する意思決定法である。

 これに対して、情報を収集することである程度予測ができる場合は、従来の「コーゼーション」というアプローチが良い。情報を集めて不確実性を減らしたうえで、合理的な判断をする。

 ここで、不確実性のタイプに3種類あることを確認しておきたい。

 本書の中に、3種類の壺の例が載っていてわかりやすく面白かった。経済学者フランク・ナイトによる「ナイトの不確実性」を使った説明だ。

「中身が見えない壺の中に手を入れて、赤いボールを取ったら勝利するゲーム」

第一の壺:壺の中に赤いボール50個、緑のボール50個が入っていることがあらかじめわかっている。成功確率50%であることは明白。
第二の壺:壺の中に赤いボールと緑のボールが何個ずつ入っているのか事前にはわからない。この場合、成功確率はわからないが、本番の前に何度か試してみることで確率がわかってくる。たとえば10回に2回赤を引き当てれば、成功確率は20%だとわかる。
第三の壺:赤いボールが何個入っているかわからないのに加え、事前に引いてみても一向に赤が出ない。そればかりか緑のボールすら出ず、青や黄色など想定外のボールばかり出る。

 現実のビジネスにおいては、第一の壺のように成功確率がわかることはないから、第二の壺または第三の壺のような不確実な状況が想定される。

 では、第二の壺と第三の壺、それぞれどんなアプローチでやっていけばいいのかというと……。

 第二の壺にはコーゼーションが、第三の壺にはエフェクチュエーションが有効であることがわかると思う。

 第三の壺に手を突っ込んで、想定外の色のボールが出てきたら、それを活用してより面白いゲームにしてやろうというのが「レモネードの原則」だ。

 冒頭の「失敗へのおそれ」を当てはめてみると、ブログやYouTubeでの発信は、情報収集をして不確実性を減らせる(どんな内容にすれば視聴数が増えるか調査するなど)と考えることができるため、コーゼーションを基本としても良いかもしれない。

 だが、それでも失敗や想定外のことは起きるだろう。そうした場合にも、レモネードの原則を使って考えれば前向きに捉えられる。

失敗から生まれたイノベーション

 酸っぱいレモンのように、当初は失敗だと思われた「予期せぬ結果」が、その後に大きなイノベーションになった例はたくさんある。

3Mの「ポストイット」
絶対に剥がれない強力な接着剤の開発をする中で、よく付くがすぐに剥がれる接着剤を作り出してしまった。当初の目標からすれば完全な失敗作だったが、「他に使い道はないだろうか」と考え、ポストイットという大ヒット商品になった。

パナソニックの「手ぶれ補正技術」
当初カーナビのために振動ジャイロセンサーの技術開発をしたものの、カーナビ市場自体が十分膨らまないと判断した会社が事業撤退をしてしまった。せっかく生み出した技術が出口を失ってショックを受けた研究員の大嶋光昭さんは、撮影デバイス用の「手ぶれ補正」用技術として使えることを思いつき、さらに技術を改良。より大きな市場で使われることとなった。

 こうした例を見ても、失敗をしたからといって落ち込むより、「これをどう活かせるだろうか?」と考えることが大事なのだとわかる。当初は想定できなかった、よりよいものが生み出せるかもしれないのだ。

「レモネードの原則」を使って、前向きにチャレンジしていきたい。