ハーバード大学教授であり、ハーバード行動洞察グループ(BIG)のディレクターを務める行動科学者トッド・ロジャース。行動科学で人を動かす方法を研究してきた彼が、「読まれる文章」「読まれない文章」の原理を突き詰め、科学的に正しい文章術として体系化したのが『忙しい人に読んでもらえる文章術』(トッド・ロジャース、ジェシカ・ラスキー=フィンク著、千葉敏生訳)だ。Xでは「長文メールを撲滅する本が完成しました」という投稿が、絶妙なデザインと相まって爆発的にバズった1冊だ。本稿では同書から一部を特別公開する。見た瞬間、誰もが「イラッ」と感じてしまう「長すぎるメール」について、その問題点を解説した部分だ。

長いメールはなぜ問題なのか?
単語、内容、依頼の数が多ければ多いほど、メッセージに含まれる1つ1つの情報が薄まってしまう傾向にある。そうしたメッセージでは、読み手がもっとも重要な情報に気づき、理解し、行動してくれる可能性が低くなる。その理由は2つだ。
1つ目に、流し読みをする人は、実際には書き手がいちばん伝えたいことを見落としていても、内容がだいたいわかったと思い込み、次に進んでしまうことがあるからだ。
もしメッセージが数文しかなく、伝えたい内容が1つだけなら、流し読みだけでも主旨がわかる可能性が高い。
ところが、メッセージが長くなると、読み手は重要な内容を知らず知らずのうちに飛ばしてしまうかもしれない。また、自分にとって興味のある内容や話題だけを探し、それが見つかった時点で読むのをやめてしまうかもしれない。それが書き手にとってもっとも重要な内容ではなかったとしても、だ。
つまり、読み手は書き手の目的を無視し、自分の目的を果たしただけで満足してしまうことがあるのだ。
読み手の「注意力」を消耗させる
2つ目に、長いメッセージほど読み手の注意力と集中力を消耗させやすいからだ。
あるアメリカとカナダの研究者グループは、「TL;DR:長い文章が無意識な注意散漫の発生率を増加させる(TL;DR: Longer Sections of Text Increase Rates of Unintentional Mind-Wandering)」という皮肉たっぷりなタイトルの研究で、長いメッセージを読んでいるときほど読み手の注意が散漫になりやすいと報告している〔訳注:「TL;DR」とは、「長すぎて読まなかった(Too Long; Didn’t Read)」の意のネットスラング〕。
気が散り、長いメッセージを最後まで読んでもらえなければ、書き手にとって重要な情報が見落とされてしまうかもしれない。
簡潔な文章を書くには、いらない言葉、文章、段落、内容を削る残酷なまでの意志が必要だろう。
確かに、練りに練った言葉を削るのは心が痛むこともある。アーサー・キラ=クーチによる名著『文章術(On the Art of Writing)』(未邦訳)にまとめられた古典的な講義のなかで助言されているように、「最愛の相手を殺す」のには勇気がいる。
しかし、それで相手があなたの文章を読んでくれる確率が高まるとしたら?
元『タイム』誌編集長のナンシー・ギブスは、社員たちによくこう助言していたそうだ。
「すべての単語は一文のなかに、すべての一文は段落のなかに、すべての内容は文章全体のなかに、存在すべき理由が必要だ」
(本原稿は、トッド・ロジャース、ジェシカ・ラスキー=フィンク著『忙しい人に読んでもらえる文章術』〈千葉敏生訳〉からの抜粋です)