「せっかく“いい会社”のはずなのに、毎日ぜんぜん楽しくない…」
あなたは今の職場で、「うまく言葉にならない“悩み”」を感じたことはないだろうか。「この会社で一生働くなんて無理…」「でも、他に“やりたいこと”もない…」「だから、しぶしぶ働いている…」そんな日々に「このままでいいのか?」と不安になったことも、一度ではないはず。
こんな“うまく言葉にできないモヤモヤ”を「見事に“言語化”してくれた!!」と話題なのが、新刊『「いい会社」のはずなのに、今日もモヤモヤ働いてる』だ。各所から共感が殺到している本書の内容に沿って、今回は「キャリアのモヤモヤ」の正体について解説する。

優秀なのに、なぜか満たされない人の思考習慣
「せっかく“いい会社”にいるのに、全然楽しくない…」
そんな感覚に心当たりはないだろうか。
通勤電車で「このままずっと働くのか」と不安になり、SNSでは同期の昇進や友人の転職成功に胸がざわつく。会議で成果を出しても、上司からは当然のように次を求められる。
「この会社で一生は無理だ」「でも、やりたいこともない」
――そんな思いを抱えながら「本当にこれでいいのか」と自分に問いかけた経験は、一度や二度ではないはずだ。
「隣の芝生」を見続けて疲弊する
なぜ満たされないのか。
その大きな理由は、「隣の芝生は青い」という比較ゲームに終わりがないからだ。“優秀”と評価されればされるほど、次の期待値がのしかかる。昨日までの努力はすぐに“当たり前”になり、「もっと上を目指せ」と追い立てられる。気づけば、比較すること自体が目的となり、仕事も人生も“点取り競争”のように見えてしまう。
もちろん、比較そのものが悪いわけではない。他人の存在は刺激にもなり、成長のきっかけにもなる。だが、それが習慣化すると、自分の意思では抜け出せなくなる。「せっかく積み上げてきたものを手放すのは怖い」と思うあまり、実績や肩書に固執してしまうのだ。
そして、比較という燃料で走っていたはずが、いつの間にかその鎖に縛られ、身動きがとれなくなる。SNSで友人の昇進報告を見てモヤっとしたことがあるなら、それこそが、この“比較中毒”のサインだ。
幸せを“外”ではなく“内”に定義する
このループから抜け出す鍵は、「優秀さ」を他人のモノサシではなく、“自分なりの幸せ”で定義し直すことにある。周囲の評価に追われる優秀さから、自分にとって意味のある優秀さへと切り替えるのだ。
大切なのは、「スペック」を積み上げる努力よりも、「唯一無二性」を育てる努力へと比重を移していくこと。肩書きや年収ではなく、「自分が大切にしたい価値観を貫けるかどうか」こそ、本当の優秀さを測る基準になる。社会で活躍する人ほど、期待とプレッシャーは増え、人生の難易度も上がっていく。その中で“外側の基準”だけに頼っていては、心はじわじわと摩耗してしまう。だからこそ、自分にとって心地良い基準をつくり直し、人生の主導権を自分の手に取り戻すことが欠かせない。
「優秀なのに満たされない」という違和感は、時代が私たちに投げかけてくる問いだ。世間の序列に振り回されるのではなく、自分自身の基準で幸せを定義できるか――その小さなシフトが、あなたのキャリアをもっとしなやかにしていく。
(本記事は『「いい会社」のはずなのに、今日もモヤモヤ働いてる』の一部を編集・加筆・調整した原稿です)