愛知県岡崎市。この人口38万人の地方都市に、とんでもない成果をあげている中小企業相談所があります。立ち上げから12年で累計4400社、2万9000件以上の相談を受け、実際に新規事業・新商品となった案件は1000件超。相談をしたいという企業は1か月以上先まで予約で埋まっている状況です。
この異例の成果を出しつづける「オカビズ」の初代センター長として長年活躍してきたのが、秋元祥治氏です。秋元氏はオカビズに加え、ベンチャーや大企業・大学(武蔵野大学アントレプレナーシップ学部)でも活動し、さまざまなビジネスに伴走。これらの経験を通じて、「自分だからできる仕事」は才能や特別な環境がなくても誰にでもつくれると確信するに至りました。
そのための知見とスキルのすべてをまとめた書籍が、『自分だからできる仕事のつくり方』です。LINE ヤフー株式会社代表取締役会長・川邊健太郎氏、『エフェクチュエーション』の著者・吉田満梨氏の両氏からも絶賛された同書から、1つの事例を公開します。

悩む老舗石材店4代目に、どんなアドバイスをしたのか?
オカビズのある愛知県岡崎市には、墓石や石灯籠、石細工などさまざまな石製品を製造する会社や工場が街中にたくさんあります。それもそのはず、岡崎は良質な花崗岩(御影石)が採掘できる日本三大石材産地(他は香川県庵治町牟礼町、茨城県真壁町)であり、今も優秀な石職人がたくさんいる町でもあるのです。
しかし、石材市場はこの20年で急激に縮小。2000年に約4500億円だった市場規模は2015年に約2500億円とぼぼ半減。以降、縮小の一途を辿っており、従来の墓石や石像、灯篭などの需要は減少傾向にあります。
一方、製造過程でどうしても「端材」が生まれます。しかも廃棄するにしても産業廃棄物の扱いとなり、コストがかかります。
創業90年を超える稲垣石材店の4代目、稲垣遼太さんがオカビズにやってきたのが、まさに端材の活かし方の相談のためでした。
2016年に家業に入った稲垣さんとともに、それまでにも人々のライフスタイルの変化に合わせた「墓じまい」のサービス化や、お墓の統合を「お墓の2世帯住宅」と銘打って商品展開するなど、創意をこらしていました。
なかでも廃棄される端材については何とかしたいという強い意志を持っていて、端材を使った商品化も試行錯誤し、事業化の可能性を模索していました。フクロウの置物などを試作してみたり、また、石の皿を製造し、フリマアプリで販売してみたところ、多少の注文もありましたが手応えはなく、どうしたらよいのか思案中といったところでした。
・墓石を中心とする老舗石材店の4代目からの相談
・市場は縮小を続けており、本業での成長は見込めない
・製造の過程で発生する大量の端材は、産業廃棄物であるために処理するのにもコストがかかる
・端材の利活用に活路を見出したいが、マーケットが存在するかわからない
・小さな家族経営の町工場、ヒト・モノ・カネすべてに余裕はない
私に課せられたのは、この状況をひっくり返す「稲垣さんらしい仕事」を導き出すことでした。
日々の「観察」が導き出した「稲垣さんにしかできない仕事」
私は、「自分だからできる仕事」を生み出すうえで一番大事なものは、「観察」だと考えています。すべてのひらめきは、観察から生まれるのです。アイデアをひらめく源泉になるのはもちろん、新しいマーケットをつくり出すことも、必要なリソースを獲得するネットワークを構築することも、すべて「観察」が礎(いしずえ)になるからです。
「観察」と聞くと、何か対象を定めてじっと見続ける、というような印象を持つかもしれません。もちろんその通りなのですが、この「観察」の対象を自分の意識の外、関心を持っていないことにまで広げられるかどうかが、「オンリーワンの仕事」を見つけ出せる人・出せない人を分ける境界線となります。つまり、「興味のないことにも興味を持って観察できるか」が大きなポイントになるのです。
自分が関心を持っていないことにまで広げて観察し、頭の中にそうした「雑多な情報」を圧倒的に収集・蓄積し続けるためには、日常生活で出合うあらゆる物事を「これはどうなっているんだろう」「この発想はすごいな」と観察することが必要になります。こうすることで、「自分だからできる仕事」につながるあらゆるトリガーがオンになっていきます。
実際、稲垣さんの相談をオカビズで受けているときも、私はまったく違う、あることを思い出していました。
さかのぼること数年前、知人に連れられて訪れた、ミシュランで星も獲得している高級フレンチ店。そこでは、飾り皿(フランス料理で、最初から席にセットされている花がらなどの綺麗なお皿のことです)として、黒々と輝く「石」が置かれていたのです。スタッフの方に聞くと、最高級の御影石を使っていると教えてくれました。
「へえ、高級外食の世界ではこんな需要もあるんだ」
日常の中で出合った物事を、そんなふうに雑に観察し、頭の中に入れておいたのです。
ここまで読んで、気づいた方もいらっしゃるでしょう。そう、岡崎の石材は、「御影石」なのです。
私の頭の中で、観察した高級フレンチ店での光景と、稲垣さんの「食器」での試行錯誤とが結びつき、ひらめき(発想)が訪れました。
「最高級の御影石を、熟練した職人の手仕事で仕上げたオーダーメイドの石食器」
こうして生まれた新ブランド「INASE(イナセ)」は、高級外食の業界で評判となり、納品まで半年待ちというほどの人気を獲得するまでに至りました。今では、スペインやシンガポールなど、海外からの注文も舞い込み、さらにバーカウンターや洗面ボウルや什器など店舗内のインテリアの注文につながるなど、新たなビジネスを生み出しています。さらに愛知県知事からの表彰を受けただけでなく、日本政府のSNSでは英語で海外に向けて紹介されるなどの活躍ぶりです。
「御影石の端材から石食器を作る」という稲垣さんにしかできない新たな仕事は、稲垣石材店の売上の急拡大につながったのです。
「自分だからできる仕事」がもたらす大きな変化
稲垣さんの挑戦の話をすると、「オカビズに来る前から挑戦していたし、もともと稲垣さんに素養があったからでは」ということを言われます。
たしかに、稲垣さんが前向きでさまざまな試行錯誤をしてきた方なのは事実です。しかしポイントは、本人たちも気づいていなかった強みを見つけ、引き出して言葉にしたこと。そしてミシュラン星付きといった高級レストランをターゲットに絞り込んだ展開が大きな成果につながったのです。
「INASE」の成功は稲垣さんがさらに大きく成長する機会となりました。今では、私がしてみせたように、自分から観察し、アイデアを組み合わせ、新たな挑戦を続けています。地元の老舗材木店とコラボして新商品開発に取り組んだり、石切場を新たな観光資源と捉えた新ビジネスを構想したり。ピッチイベントにも自ら進んでエントリーし、ついには第3回アトツギ甲子園(※)ではファイナリストとしてピッチするまでとなりました。
新しいアイデアや展開の報告を稲垣さんから受けるたび、「自分にしかできない仕事」を手にすることが人にもたらす意義を、私自身が現在進行形で教えてもらっています。
※「アトツギ甲子園」は中小企業庁が主催するピッチイベントです。全国各地の中小企業·小規模事業者の後継予定者が、既存の経営資源を活かした新規事業アイデアを競います。