欧州経済にとって米国とEUが関税合意に至ったことによる最も重要な点は、関税率自体ではなく、先行きの不透明感が払しょくされたことだろう。とりわけ、これまで不確実性の高まりなどによって下押しされていた消費者マインドや企業の投資意欲が改善することが期待できる。
ユーロ圏では、マインドの低迷が個人消費の増勢を鈍らせていた。ユーロ圏の失業率は統計開始以来の最低水準で推移しており、雇用環境は良好だ。インフレ率も欧州中央銀行(ECB)の目標である2%前後で落ち着いており、消費のファンダメンタルズは崩れていない。消費者マインドが米EU関税合意による不透明感の払しょくで改善すれば、消費は回復基調を維持する見通しだ。
企業にとっても、トランプ関税を巡る不透明感が意思決定の阻害要因になっていた。今後も関税引き上げによる景気下押し効果が投資の抑制要因となるものの、今回の合意によって関税政策の不確実性が低下することで、設備投資も徐々に持ち直すと見込まれる。
米EU間の発表内容には
相違点や不明点が多数
ただし、米EU間の交渉がこれですべて完了したわけではない。今回の米EU関税合意のうち、すでに発効しているのは15%の相互関税のみである。米国とEUは今後、自動車や医薬品などへの分野別関税の発効時期を含んだ共同声明を発表したうえで、さまざまな詳細をさらに交渉していくことになる。
共同声明の内容やその後の詳細交渉では、現時点で米EU間の発表内容では不明であったり、相違が生じていたりする点が焦点となる。
なかでも、鉄鋼・アルミの低関税枠の規模やEU側の米工業製品への関税引き下げの時期などは経済への影響も大きいため、要注目だ。
7月28日に米ホワイトハウスが公表した資料ではEUが米国向けの低関税枠を提供するとされているが、品目や規模、税率などは不明だ。フォンデアライエン欧州委員長は記者会見で、鉄鋼・アルミについては新たな低関税輸入枠が設けられると説明したが、米EUのどちらが低関税枠を用意するのかは触れられていない。EUによる米国産の工業製品に対する関税撤廃についても、その開始時期や具体的な対象範囲などは現時点では不明だ。
合意後の進捗(しんちょく)は順調とは言い難い。7月末の合意から近いうちに出されるとみられていた共同声明は、本稿執筆時点では発表時期すら未定な状況である。
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の報道によると、EUのデジタル規制を巡り当局間での調整が難航している模様だ。FTによれば、米国側はEUのデジタル規制に関する交渉余地を共同声明に盛り込みたい意向だが、EUの行政執行機関である欧州委員会はデジタル規制での譲歩は容認できないとの立場を崩していない。