「大学受験」は10代における最大のイベントです。残念な側面でもありますが、いい大学にいけば、なりたい職業になれる確率は上がり、将来の選択肢は増えるのが現在の日本です。それほどまでに大学受験の持つインパクトは大きくなっています。そんな難しい時代でも「自分らしい大学進学」をするために書籍:『17歳のときに知りたかった受験のこと、人生のこと。』が発売されました。本書は、きれいごとを抜きにして、「大学受験とはどういうものなのか」「人生とはどういうものなのか」を考えることができる受験の決定版です。本記事では発刊を記念して著者である、びーやま氏への特別インタビューをお届けします。

高校生Photo: Adobe Stock

高学歴になった先には一体なにがあるのか

――学歴に関する議論のなかでたびたび目にするのが「高学歴になったからって一体なにになるのか」というものです。たしかに東大卒でもFラン大卒でも大卒なのには変わりないですが、両者はなにが違うのでしょうか。

びーやま氏(以下、びーやま):まずは社会からの評価が明確に違いますよね。

 同じ大卒でも、チャンスは高学歴から順番に回ってきやすいわけで、高学歴になることのメリットは明確にあると思います。

 ですが、それよりも大事な視点もあると僕は思っています。一般的に学歴の議論になるときは「社会でどう役立つか」とか「どこ大以上に入っておくと有利」みたいな感じで、ステータスとしていかに便利かみたいな視点が重視されますよね。

 しかし、本質はそこではなくて、高学歴になることの最大のメリットは、頭がよくなって世の中の見え方が劇的に変わることです。

――どういうことでしょうか。詳しく教えてください。

びーやま:高学歴の人と話してみていつも思うのは思考の幅も深さもあるということです。

 どういうことかと言うと、どんなこともちゃんと考えるだけの力があるので、世の中の大抵のことが「自分ごと」になるんです。「これについて自分はこう思う」とか「この前勉強したこれに似ている」みたいな感じで、どんな領域でもある程度ちゃんと考えることができるんですよね。

 人って理解できないことには興味を示さないと思うんですが、東大生なんかは理解できることの範囲がとてつもなく広く、興味もどんどん広がっていきますから、ひたすら頭がよくなっていくんです。これは人間として本質的な幸せだと僕は思います。

 どんなこともちゃんと考えられたら世の中の見え方もどんどん変わっていくわけじゃないですか。これってすごく楽しいことですよね。

 でも、残念ながら思考力の低い人だったらそうはなりません。「自分は興味ないんで」みたいなかたちで、自分で考えることをしないですから、いつまで経っても思考の幅が広がっていかないんです。これまでFラン大生にインタビューしたことも何度かありますが、なにを聞いても「よくわかんないです」という言葉がでがちで、これは非常にもったいないことだなと。

 しかも、そのほとんどは本当に「よくわからない」のではなくて、「考えるのが面倒くさい」というニュアンスが強いんです。

 このように比較してみると、頭の良し悪しがどのように人生に幅と深さをもたらすかがわかりますよね。