ダーウィンの『種の起源』は「地動説」と並び人類に知的革命を起こした名著である。しかし、かなり読みにくいため、読み通せる人は数少ない。短時間で読めて、現在からみて正しい・正しくないがわかり、最新の進化学の知見も楽しく解説しながら、『種の起源』が理解できるようになる画期的な本『『種の起源』を読んだふりができる本』が発刊された。
長谷川眞理子氏(人類学者)「ダーウィンの慧眼も限界もよくわかる、出色の『種の起源』解説本。これさえ読めば、100年以上も前の古典自体を読む必要はないかも」、吉川浩満氏(『理不尽な進化』著者)「読んだふりができるだけではありません。実物に挑戦しないではいられなくなります。真面目な読者も必読の驚異の一冊」、中江有里氏(俳優)「不真面目なタイトルに油断してはいけません。『種の起源』をかみ砕いてくれる、めちゃ優秀な家庭教師みたいな本です」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【メダカやイワナなどの謎】湖や川は陸地で隔離されていて、別の湖や川に移動することが難しい。では「淡水魚」はどうやって生息する場所を広げているのか?…知の巨人・ダーウィンが教える画像はイメージです Photo: Adobe Stock

淡水魚はどうやって生息する場所を広げるのか?

 この原稿では、湖や河川などの淡水で生きる生物を話題にしよう。『種の起源』では、両者の分布パターンが、ダーウィンの理論で無理なく説明できることが述べられている。

 湖や河川系は、お互いに陸地という障壁で隔てられているので、淡水生の生物は同じ地域の中でも広く分布することはないだろうし、海に至っては明らかに越えがたい障壁なので、淡水生の生物が海を越えて分布を広げることはあり得ないと考えるかもしれない。ところが、事実はまったくの逆である。(中略)
 私は、初めてブラジルの淡水域で採集をしたときの驚きを、今でもよく覚えている。周囲の陸生動物はイギリスのものと似ていなかったのに、淡水生の昆虫や貝はよく似ていたのである。
 しかし、淡水生の生物がこれほど広い分布域を持つ理由は、池から池あるいは川から川への短距離の移動を頻繁に行う能力があることで、たいてい説明がつきそうである。(『種の起源』383頁)

日本各地に生息するメダカやイワナ

 湖や河川は、陸地によって隔離された島のようなものである。そのため、淡水生の生物は、別の湖や河川に移動することが難しく、分布域が狭いと考えられがちである。

 しかし、実際には、淡水生の生物はかなり広く分布していることが多い。身近な例としては、メダカやイワナが日本各地に生息していることが挙げられる。

 それについては、一足跳びに長距離を移動するのではなく、短距離の移動を積み重ねた結果として説明することができそうだと、ダーウィンは述べている。

 そもそも、湖沼や河川は、地質学的なスケールで考えれば、比較的短命な存在である。堆積物が流れ込むことにより、湖沼や河川は少しずつ浅くなっていき、数千年で陸地になってしまうことも珍しくない。そのため、近くの湖沼や河川に移動できる能力を持った個体は、生き残りやすいと考えられる。

竜巻で魚が空から降ってくる

 とはいえ、一気に長距離を移動するチャンスも、それなりにあるらしい。そのことが、以下に述べられている。

 いくつかの事実から考えると、偶発的な出来事によって、淡水生物が移動することも、ごくたまには起きるようである。インドでは、竜巻によって魚が空から降ってくることがときどきあるし、魚の卵は水から出してもしばらくは生きていられる。だが、私としては、淡水魚が分布を広げるおもな原因は、最近になって土地の高さがわずかに変化したために、二つの川の水がお互いに流れ込んだせいではないかと考えている。(中略)
 また、海水魚を注意深くゆっくりと淡水に慣らしていけば、淡水に棲めるようになるらしい。さらに、ヴァランシエンヌによれば、淡水魚しかいない魚のグループはほとんどないという。したがって、以下のような筋書きもあり得ると考えられる。
 淡水魚と海水魚の両方を含むグループの中の海水魚が、海岸に沿って長距離を移動していく。そして、遠くの陸地で淡水に適応して、淡水魚になるのである。(『種の起源』384-385頁)

 淡水生の昆虫や貝に比べると、淡水生の魚類は分布を広げにくいように思える。卵から成体になるあいだに、とくに乾燥に強い時期がないため、何らかの方法で水から外に出て移動することが難しいからだ。

ダーウィンの仮説

 そこで、ダーウィンは、いくつかの仮説を提示している。

 そんな仮説の一つに、ある海水魚から独立に何度か淡水魚が進化した、というものがある。分布の広い海水魚なら、遠く離れた複数の地点で、淡水魚を進化させることができる。そうすれば、分布範囲の広い淡水魚が出現することになる。

 実際に、カジカの仲間では、そういう例が知られている。カジカの仲間の多くは浅い海に棲んでいるが、その中のカジカ属は淡水域に進出している。その結果、同じカジカ属の淡水魚が、遠く離れた北アメリカ大陸とユーラシア大陸に生息しているのである。

 ちなみに、引用中に出てくるアシル・ヴァランシエンヌ(1794~1865)は、キュヴィエのもとで学んだフランスの動物学者で、魚類学の大家である。

稚貝は鳥とともに海を渡る

 私は、池で眠っている鳥に見立てて、カモの肢を水槽の中に吊るしておいた。その水槽では、淡水性の貝の卵がたくさん孵化しており、孵化したばかりの小さな稚貝が、次から次へとカモの肢を上っていった。稚貝はしっかりと付着しているので、カモの肢を水から出しても落ちなかった。もっとも、もう少し貝が大きくなっていれば、勝手に落ちてしまうのだが。
 これらの孵化したての稚貝は、本来は水生であるにもかかわらず、空気が湿っていれば、カモの肢の上で12~20時間は生きていられる。これだけの時間があれば、カモやサギは1000キロメートルぐらい飛ぶことができるし、もしも風に飛ばされて海を渡り、運よく海洋島かどこか遠い場所に到着すれば、そこで池や小川に舞い降りることになるはずだ。『種の起源』385頁)(著者注:カモの肢は狩猟か何かで仕留めた、死んだカモの肢を使ったようである。)

 さらにダーウィンは、淡水貝の仲間が鳥の肢に付着することによって、一気に1000キロメートルぐらい移動できる可能性も指摘している。また、ここでは引用していないが、鳥による移動は、淡水生の植物の種子についても当てはまることを、ダーウィンは述べている。

 このように、淡水生の生物が持つ広い分布は、十分に説明できるのである。

(本原稿は、『『種の起源』を読んだふりができる本を抜粋、編集したものです)

更科功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授。『化石の分子生物学 生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。