人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか? 発売たちまち重版となった『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。竹内薫氏(サイエンス作家)「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」など、日本と世界の第一人者から推薦されている。本書の内容の一部を特別に公開する。
移民はなぜ増えるのか
気候変動、急速な人口増加、そして経済的・政治的な不安――こうした要因は、人々が移住を決断する大きな原動力となっている。
ガイア・ヴィンスは著書『Nomad Century』の中で、今後数十年のうちに、灼熱化するグローバル・サウス(南半球の諸国)から、より穏やかな気候のグローバル・ノース(北半球の先進国)への人の移動は避けられないと指摘する。
そして、北側の国々が適切な心構えを持てば、その移動はむしろ歓迎すべきものになるだろう。というのも、多くの先進国では、自国民の人口が急速に減少していくと予測されており、移民はその空白を埋める重要な力となるからである。
人類はよりよい土地を求める
人類にとって、移動こそが本来の姿なのだ。農耕の発明と定住生活の始まりは、人類の歴史全体から見れば、ほんの三パーセントほどの短い期間にすぎない。
それ以前の長いあいだ、ホモ・サピエンスの小さな集団は、どこかに腰を据えることなく、よりよい土地を求めて常に移動していた。私たちの祖先たちも、同じように暮らしていたのである。
2つの大きな移動
人類はもともと移動を繰り返してきたが、なかでも際立って重要なふたつの大きな移動の時期がある。最初の移動は約二百万年前、ホモ・エレクトスがアフリカを初めて離れたときだ。
彼らはユーラシア大陸へと進出し、やがて多様な種へと分化していった。たとえば、ヨーロッパのネアンデルタール人、東南アジアのホビットたち、ホモ・アンテセッサー、ホモ・ハイデルベルゲンシスなどがその代表である。
二度目の大規模な移動は、おそらくいくつかの波に分かれて、約十二万年前から五万年前にかけて起こった。アフリカにとどまっていたホモ・サピエンスがユーラシアへと広がり、やがて他のすべてのヒト属の種に取って代わることとなった。
第三の大移動を止めることはできない
人類史における第三の大移動が、まさに始まろうとしている。気候の厳しさが増すなか、アフリカからユーラシアへと、多くの人々が北を目指して移動してくるだろう。
その流れは、どんな法律や、地中海や北海に配備された巡視艇によっても食い止めることはできない。
とはいえ、すべての人が移動を選ぶわけではない。ますます暑く、湿度が高く、ときに洪水にも見舞われる地域に暮らす人々の多くは、基本的にはなんとかその場にとどまろうとするだろう。
だが、そうした選択をしたら、何十億人もの命が失われるかもしれない。それは、今世紀末ごろに訪れるとされる世界人口の減少をさらに加速させることになるだろう。
一方で、外の過酷な環境から隔絶された都市を築くことで、適応しようとする人々もいるかもしれない。北へと押し寄せる移民の波は、たとえ膨大な数に見えたとしても、全体から見れば少数派にとどまるだろう。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』〈竹内薫訳〉を編集、抜粋したものです)
著者:ヘンリー・ジー
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。1987年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。前作『
超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)は、優れた科学書に贈られる、王立協会科学図書賞(royal society science book prize 2022)を受賞し、ベストセラーとなった。
訳者:竹内 薫(たけうち・かおる)
1960年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』(ジル・ボルト・テイラー著、NHK出版)、『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)、『
超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)などがある。
自然科学と人文科学の間に見事に橋を渡し、人類の未来に対する深い洞察を与えてくれる――訳者より
ヘンリー・ジーの最新作『人類帝国衰亡史』は、ホモ・サピエンスの起源から絶滅の予兆までを描いた、壮大な叙事詩である。
全体は「台頭」「凋落」「脱出」の三部からなり、人類の物語をあたかも古代ローマ帝国の興亡になぞらえて描いている。
第一部「台頭」では、人類の祖先である初期ホミニンの登場から始まり、二足歩行という決定的特徴により他の類人猿と一線を画した道を歩み始めた経緯を語る。
第二部「凋落」では、ジーが指摘する「転落の始点」およそ五万~二万五千年前、ホモ・サピエンスが唯一の生き残った人類種となった瞬間――から、不可避の衰退が始まったとしている。
農業の発明、家畜化、都市化、そして人口爆発に至るまで、人類の繁栄がいかに生態系と自らの生存基盤を侵食してきたかを、遺伝的多様性の低下、農業依存、感染症の蔓延などの事例とともに描いている。
第三部「脱出」は、暗い未来の中に差す希望の光を描いている。ジーは、宇宙移住や技術的進化によって、人類が絶滅を免れる可能性を模索する。そのためには「一つの種」であることをやめ、多様な「ポスト・ヒューマン」への分岐を果たすことが必要だと主張する。
本書の主張は衝撃的だ――ホモ・サピエンスの衰退はすでに始まっており、絶滅は不可避、しかもそれは今後一万年以内に起こりうる、というのである。
しかし本書は単なる悲観論ではない。むしろ、「今が転換点だ」と、強く警鐘を鳴らし、私たちの選択と行動によって未来は変えられると示唆している。
この本が持つ意義は、まず第一に、人類史を扱う際の「時間スケール」を根本から問い直す点にある。本書は、進化生物学、古人類学、人口統計学、気候科学、未来学といった異なる学問領域を横断的に見渡し、人類の歴史を単なる文明の興亡ではなく、「生物の興亡」と位置づける。
それにより、読者は地球四十六億年の歴史の中で人類という存在が占めるわずかな時間の重みと、その有限性を直感的に理解することができる。
ところで、本書は自然科学の枠組みで書かれているが、文系読者にも強くオススメしたい。本書は、人類史をひとつの「物語」として味わうことができるよう工夫している。
科学的な事実を詩的かつウィットに富んだ言葉で描き出すジーの文体は、文学的素養を持った読者に強く訴えかける。加えて、本書は人間という存在を「時間」「空間」「存在」という三つの軸から捉えようとする学際的な試みでもあり、自然科学と人文学を統合する現代的な知のスタイルを象徴している。
科学と人文学の垣根を越えた本書は、理系・文系を問わず、人類の過去と未来に深い関心を持つすべての読者にとって、貴重な知的体験となるはずだ
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竹内薫氏(サイエンス作家)
「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」
けんすう氏・大絶賛!
「人類がそろそろ滅亡する理由がこれでもか?!ってほどわかります!」