人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか? 発売たちまち重版となった『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。竹内薫氏(サイエンス作家)「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」など、日本と世界の第一人者から推薦されている。本書の内容の一部を特別に公開する。

終わりにずっと近い場所
私たちはまさに今、人類の歴史全体の中でもただ一度しか訪れない局面――人口の増加が鈍化し、まもなく減少に転じようとしている局面――に生きている。
これは、人類の始まりよりも終わりにずっと近い場所に、私たちが立っていることを示唆している。
つまり、私たちが生きているのは人類史の始まりよりも終わりにずっと近い地点であり、ざっくり言えば、ホモ・サピエンスは今後およそ一万年以内に地球上から姿を消すというのが私の見立てだ。
もうひとつ悲観的にならざるを得ない理由がある。それは、意外なところからもたらされたものだ。一九九四年、『ネイチャー』誌に、理論進化生物学者の小さな研究チームによる、簡潔で非常に専門的な論文が掲載された。たった二ページのその論文で、彼らは「絶滅債務(extinction debt)」という概念を打ち出した。
小さな林に取り残された生き物
どの種であれ、絶滅の重要な原因のひとつは、生き延びるために必要な生息地が失われることにある。たとえば、高い木に巣を作る鳥の種は、その木々がすべて伐採されて草地に変わってしまえば、生きていくことはできない。
森林のような生息地は、通常、一気にすべて伐採されるわけではない。まず道路などで分断され、徐々に区切られながら少しずつ伐採されていき、やがて点在する小さな森だけが残されることになる。
それらの森は、まるで海に浮かぶ島々のように、互いに隔てられてしまうのだ。
では、そうした小さな林に取り残された生き物たちは、どうなるのだろうか?
もともと数の少ない種は、偶然の不運によって絶滅しやすい。だが、それとは別に、その林の中でよく見かける、ごくありふれた種でさえ、ある程度まで生息地が破壊されると、たとえ個体数が多く見えても、やがては確実に絶滅する運命にある。
木々がまだ多く残り、種の状態も健康に見えているうちに、実は絶滅への道をすでにたどり始めているのだ。
たった1度の決定的な破壊で…
こうしたありふれた種は、その生息地の中で他の種を圧倒する「優占種」と呼ばれることが多い。そして、驚くべきことに、この優占性は絶滅を免れる保証にはならない。
むしろ、逆なのだ。仮に、ある種が手つかずの森林の一〇パーセントに生息していたとする。そして、その森林のうち、無作為に一〇パーセントが破壊された場合、その種が残る九〇パーセントの森林にまだ生息しているからといって安心はできない。
話はそう単純ではないのだ。
研究者たちはこう述べている。「生息地を無作為に破壊した場合でも、支配的な競争種が占めている場所を狙って破壊した場合と、最終的な影響は同じになるのだ」。
つまり、たった一度の決定的な生息地破壊から何世代もの時間が経ったとしても、その種にはやがて絶滅が訪れる。
絶滅債務
研究者たちが「絶滅債務」と呼ぶ、そのツケが回ってくる。本人(その種)は気づいていないかもしれないが、もはや「歩く絶滅種」になっているのだ。この論文は、本書で述べてきた数々のことをふまえると、私たち人類への強い警鐘ともとれることばで締めくくられている。
「生息地の破壊が種の絶滅を引き起こすことはよく知られているが、私たちの研究結果は、こうした破壊がもたらす思いがけない影響として、「最良の競争者」の選択的な絶滅があることを警告している。
これらの種は、しばしば資源を最も効率的に利用し、生態系の機能を左右する主要な存在でもある」。
あまりにも支配的な人類
ホモ・サピエンスをひとことで表すならば、それは自らが暮らす唯一の生息地、すなわち地球において、「優占種(最も支配的な競争者)」となった存在と言えるだろう。
あまりにも支配的であるがゆえに、他の競争相手はすでにずっと以前に絶滅へと追いやられてしまった。
人類が地球の資源をどれほど独占しているかは、驚くべきレベルに達している。
地球上で植物の光合成によって生み出される有機物のうち、二五~四〇パーセントを人類が利用していると推定されている。
ホモ・サピエンスとその家畜は、地球上のすべての哺乳類の質量の九六パーセントを占め、ツチブタからシマウマに至るまで、その他の哺乳類は残る四パーセントに押し込まれている。あなたが目にする鳥のうち、一〇羽に七羽は家畜化された鳥なのだ。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』〈竹内薫訳〉を編集、抜粋したものです)