『「子供を殺してください」という親たち』原作：押川剛 漫画：鈴木マサカズ／新潮社
さまざまなメディアで取り上げられた押川剛の衝撃のノンフィクションを鬼才・鈴木マサカズの力で完全漫画化！コミックバンチKai（新潮社）で連載されている『「子供を殺してください」という親たち』（原作／押川剛、作画／鈴木マサカズ）のケース4「親を許さない子供たち・後編」から、押川氏が漫画に描けなかった登場人物たちのエピソードを紹介する。（株式会社トキワ精神保健事務所所長 押川 剛）
一生懸命勉強する息子だったのに…修復不可能になった心の「ケガ」
トキワ精神保健事務所の「精神障害者移送サービス」にはさまざまな相談が舞い込む。10年以上もひきこもる息子・田辺卓也（仮名）は家族、特に母親に対して攻撃的な行動が続いていた。そこで、母親と離れたところで入院させる――というのが、今回のあらすじだ。
この漫画では、個人情報に配慮してプロフィールなどの詳細を変えている。本人と家族の同意を得ているから述べさせてもらうが、本ケースの父親の職業は、国家公務員ではなく医師である。
だからこそ母親は、卓也を医学部に入れ、父親と同じ医師にさせるために勉強を強いた。今でいう教育虐待である。卓也もある時期までは一生懸命ついていったが、途中でその道からこぼれ落ちた。卓也にとってはそれが、心の「ケガ」になった。
心の「ケガ」は、スポーツで負う体のケガと同じように、無理をすると修復が難しい。
例えば、スポーツでは、いくら練習が大事とはいえ、無茶なトレーニングをすればケガをする。プロスポーツの世界は学業より狭き門だから、つい成功事例ばかりが目に付く。しかし実際には、「親がプロスポーツ選手で、子どもの素質を考えずに無理をさせた結果、子どもが壊れた」という事例も、たくさんあるはずだ。
私の知る限りだが、長期にひきこもる子どものいる家庭の親は、高学歴だったり勉強が得意だったりして、ものの道理を理解している人が多い。にもかかわらず、「スポーツと同じで、勉強も、無茶をさせたら心の『ケガ』をする」という理屈がわかっていない。
それが私には不思議ではある。
ともかく卓也は、父親の生き方をなぞるように育てられた。本人も「いい大学に行って、ハイスペックな資格をとる。あるいは一流企業に就職する」ことこそが、信用につながる生き方だと信じていた。
その道が閉ざされたとき、彼は信用に値する生き方を見失った。だからこそ、母親を拘束して言いなりにし、父親の経済力にすがった。入院してからもなお、「親は一生ぼくを養う義務がある」「裁判を起こして損害賠償を請求する」と言っていたのだ。
親からどれほど教育虐待を受けたところで、心に「ケガ」をしない子どももいるかもしれない。でも卓也は心が折れてしまった。行き着く先が、「親に対する金の請求」であるところが、この家族の本質を表している。
私は卓也に「心のケガは、親に金で償わせて治るものではない」と伝えた。
一生懸命やったけどダメだった事実を受け止め、自分自身が許してやる。そうやって親にけじめをつけることが、卓也自身の「信用」につながる。そのことを繰り返し話した。
家族、とりわけ親子とは、もっともヒューマンさが求められるものだと私は思う。人はとかく「お金さえあれば…」と考えがちだが、家族という集合体ほど、お金で解決できないものはない。人間性や人間力……最後に問われるのはそこなのだ。
私はさまざまな「最悪の現場」にばかり介入してきたが、命を懸けてまで助ける価値があるかどうかは、どのケースでも自問自答する。相手がどれほど権力のある人間でも、どれほど金を積まれても、できないものはできない。
最後の決め手は、ヒューマンな心根の部分だ。もちろんそれは、依頼者や対象者が、私を信頼するか否かの踏み絵でもある。
現代社会の裏側に潜む家族と社会の闇をえぐり、その先に光を当てる。マンガの続きは「ニュースな漫画」でチェック！
『「子供を殺してください」という親たち』原作：押川剛 漫画：鈴木マサカズ／新潮社
『「子供を殺してください」という親たち』原作：押川剛 漫画：鈴木マサカズ／新潮社
