
さまざまなメディアで取り上げられた押川剛の衝撃のノンフィクションを鬼才・鈴木マサカズの力で完全漫画化!コミックバンチKai(新潮社)で連載されている『「子供を殺してください」という親たち』(原作/押川剛、作画/鈴木マサカズ)のケース3「母と娘の壊れた生活・中編」から、押川氏が漫画に描けなかった登場人物たちのエピソードを紹介する。(株式会社トキワ精神保健事務所所長 押川 剛)
家中の窓ガラスに貼った新聞紙で隠したいモノとは
トキワ精神保健事務所の「精神障害者移送サービス」にはさまざまな相談が舞い込む。今回の依頼者は和田朋子(38)で、姉(晴美)と同居する母親と連絡が取れないという相談だった。
押川らは、朋子の実家へ行って調査を開始。警察とも連携し、ついに家の中へ入ることができたが、衝撃の光景が広がっていた――というのが、今回の漫画のあらすじだ。
依頼者である妹(朋子)は母親に対し、姉を精神科医療につなげるよう何度も進言したというが、母親は娘の病気を認めなかった。
私は妹に、「なぜ今になって、お母さんやお姉さんを助けたいと思うのか」と尋ねた。これは「家族を捨ててもよいのでは」という問いに等しく、妹にしてみれば覚悟を突きつけられたも同然だ。
もちろん今回のケースは、仕事として断る理由はなく、人道的にも医療につながなければならないケースではあった。
一方で、一度は家族の呪縛から逃げ出した妹が、再び家族とのつながりを持つことでもある。場合によっては、現在の安定した暮らしを手放す必要が出てくるかもしれない。
しかし妹には、過去に自分を解放してくれた母親への感謝の念があった。「お母さんを助けたい」という気持ちには筋が通っていて、かつ非常に強かった。
実は妹は、家族との関係を断ってから一生懸命勉強し、ハイスペックな国家資格を取得している。不遇な家庭環境で育ったにもかかわらず、精神的にも経済的にもしっかりしたものを築き上げていたのだ。
今思えば、その歩みを支えていたのは、「いつか必ずお母さんを助ける」という強い決意だったのではないか。そして、私という媒介者を使って、彼女はそれを実現した。
移送当日、私は「晴美さんもお母さんも仏さんになっているのではないか」という危機感をぬぐえないまま、現場におもむいた。家屋に足を踏み入れたとたん、まず異様な匂いが鼻をついた。
室内は生きたものの気配が感じられず、完全に時が止まっている。窓ガラスに貼られた古い年代の新聞記事は、まさにその象徴だ。
私や同行したスタッフ、警察官、保健所職員の誰もが息を飲むなかで、スッと動く人間(母親)の姿を見たときには、正直なところ、驚いて声すら上げられなかった。ただ「ああ、良かった」というシンプルな想いだけが頭に浮かんだ。
母親はひどく痩せ細っていて、命の危険があるのは明白だった。しかしそんな状況でも、異様なまでの迫力で我々に対峙し、「知らない人になぜそんな話をしなきゃいけないのか」「とにかく帰れ!」と繰り返した。
そこまでして世間体を守りたいのかと、私はやるせない気持ちになった。家の外側、いわゆる「社会」と、内側にあるもののあまりの落差。
私はこのとき、窓ガラスに貼りめぐらされた新聞紙は、家庭の「恥」を隠す装置なのだと理解した。世間体を守るために外部を攻撃しているかのような、暴力性すら感じられた。
緊迫したやりとりのなかで、風呂場から晴美の叫び声が聞こえた。家はもはや死んでいるというのに、晴美の叫び声だけが生命を感じさせる迫力をもち、家中に響き渡っていた。
現代社会の裏側に潜む家族と社会の闇をえぐり、その先に光を当てる。マンガの続きは「ニュースな漫画」でチェック!

