「ママに愛されたい」
努力の結果、わたしはどんどん上達し、小学校六年生のときにはじめて発表会で主役をもらった。演目は人魚姫だった。人間の王子さまに恋をし、魔女と取引をして声を失い、足を得て海を出るが、結局恋は実らず泡になってしまう。華奢で儚げな雰囲気のわたしにはぴったりのはまり役で、会場中のお客さんたちを感動の渦に巻き込んだ。バレエ教室のちびっこの母親たちはみんなこぞって「うちの子も鞠子ちゃんみたいに」と切望し、右を向いても左を向いても「鞠子ちゃん」「鞠子ちゃん」と叫ばれる存在になっていた。
中学校に上がるころには国内のコンクールでたくさんの賞をかっさらっていた。しかしそんな輝かしい結果を残しても、わたしは決して天狗になることはなく、後輩たちに対してはいつもやさしく、先輩たちには全力の低姿勢を崩さなかった。心の醜さを悟られるのが何よりも怖かったからだ。本当は友達なんて蹴落としてなんぼだと思っていたし、教室の下手くそな先輩たちのことなんか片っ端から見下していたが、そんなことはおくびにも出さず、いつも笑顔で誰に対しても分け隔てなく接し、持ち前の演技力でパーフェクトなバレリーナを演じ続けた。
そのおかげでバレエ教室では誰からも愛される、みんなの憧れの存在になっていた。
しかし、わたしの願いはただひとつ。
ママに愛されたい。
その一心であった。バレエを頑張れば、ママが振り向いてくれるのではないか。発表会で主役を張れば、ママはよろこんでくれるに違いない。最高の踊りを見せれば、ママだって褒めてくれるかもしれない。ママが愛してくれるかもしれない。そんな虚しい期待を胸に、わたしは一心不乱に踊り続けた。
(本記事は、北村早樹子による小説『ちんぺろ』より一部を抜粋・編集しています)
北村早樹子(きたむら・さきこ)
1985年大阪府生まれ。高校生の頃よりシンガーソングライターとして活動。アルバム5枚とベストアルバム1枚を発表する。映画や演劇の楽曲制作や、俳優としての出演なども行う。デビュー作となる小説『ちんぺろ』(大洋図書)が各所で話題。
1985年大阪府生まれ。高校生の頃よりシンガーソングライターとして活動。アルバム5枚とベストアルバム1枚を発表する。映画や演劇の楽曲制作や、俳優としての出演なども行う。デビュー作となる小説『ちんぺろ』(大洋図書)が各所で話題。



