「良い母親」に固執しすぎることは、家族を壊す一因になりうるのかもしれない。北村早樹子氏のデビュー小説『ちんぺろ』では、「良い母親」のもとで引きこもりとなった弟・久と、結婚後に生まれた娘の鞠子の暴挙が、家族を内側から蝕んでいく様子が描かれている。発売当初より「一気読みした」「衝撃だった」との感想が絶えない本書から、一部を抜粋・再編集してお届けする。
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祖母に掃除をさせる娘
二十七歳のときに長女の弓子、三十二歳のときに次女の鞠子が産まれた。ふたりの娘はもちろん可愛かった。美しい妻の、見ることは出来なかった在りし日の少女時代を、娘の成長で追体験できる。少女が少しずつ少しずつ女性になっていく。わたしは子どもがふたりとも娘で良かったと心の底から思った。花子は息子を欲しがっていたが、わたしは息子なんて全く想像できない。自分と同じ男がこの家の中にいるなんてことは、想像するだけで悍ましかった。
しかしどんなに娘を可愛いと思っても、この子たちのために身を粉にして働こう、というような気持ちは全く湧いてこなかった。なのでわたしはこれまで通り、自分の世界に没頭して暮らした。生涯のテーマである、アルチュール・ランボーの研究に励んだ。
孫が産まれ、人に尽くすことが生き甲斐の母・千代子は、その矛先を、息子から孫に移行した。
わたしも、妻の花子も、母の千代子が娘の世話をしてくれるのならこれ幸いと任せてしまっていた。これがいけなかったのだ。
下の娘、鞠子は若くしてバレエの才能が開花していたため、千代子は必要以上に鞠子を持ち上げ、蝶よ花よ姫よと扱った。小学校へのランドセル持ち、バレエ学校へのかばん持ち、荷物持ちを老人がしているなんてどうかしているのだが、わたしも花子も誰も止めなかった。
「おばあちゃん、髪の毛一本落ちてるんやけど」
そう言って、潔癖症の鞠子は髪の毛の一本で千代子を呼びつけ、掃除させる。自分では決して掃除しない。
「ごめんね~。ちゃんと見てなかったおばあちゃんが悪いね」
千代子は必ず自分が悪いと謝罪する。そうすると鞠子はどんどんつけあがる。この悪循環が増幅していき、次第に鞠子は手の付けられないモンスターに成長してしまった。わたしはふと、もうひとりのモンスターを思い出す。我が弟、久のことを。



