家族への優しさは、時に凄惨な結末をもたらすことになるかもしれない。北村早樹子氏のデビュー小説『ちんぺろ』では、“家族の歪んだ優しさ”が元凶となってモンスターと化したひきこもりの娘・鞠子が家族を支配していくグロテスクな様子が描かれている。どんな家庭にとっても他人事ではない本作品から、一部を抜粋・再編集してお届けする。
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「はやく! はよ!」
「おばあちゃん、いま笑ってたやろ!」
「いやあ、そんなことないよう」
「絶対笑ってたわ! 何のことで笑ってたんや!?」
「いやあ、別に笑ってへんけどねえ。ねえ、花子さん」
またはじまった。どうして義母はこうも鈍いのだろう。もう何度目か。こういうときはすぐさま自分の非を認め、謝らなければならないのだ。たとえ自分に非がなくとも、だ。だいたい笑っていただけで罪になること自体狂っているのだから、諦めて平伏してしまえばいいのだ。それがいちばん楽なのだ。笑っていてもいなくても、鬼がそう言うのだから謝っておけばいいのだ。鬼の怒りを最小限で鎮めるにはそれがいちばんなのだ。
なのに、義母はいつもそれが出来ない。
「醜い歯を剥き出してニヤニヤ笑いやがって。こんなにわたしが苦しい思いをしてるのに、なんで笑っていられるねん。その神経がわからへんわ。全然反省してへん証拠や! おい! ママ、ちゃんとおばあちゃんが反省するよう仕向けて! はやく!」
そう言って鬼はわたしに、ティッシュペーパーの箱を投げつける。
「はやく! はよ!」
わたしは既にへこんでボロボロになっているティッシュペーパーの箱を握り、義母の背中を殴る。勢いよく振りかぶって殴る。なるべく痛くないように。でもなるべくたくさん音が鳴るように。
「もっとや! ママ、わかってる? わたしはおじいちゃんに叩かれたんやで。どんなに痛かったか。女の子が力の強い男の人に叩かれるってめっちゃ痛いんやで。わかる? それもこれも全部このおばあちゃんがあんなおじいちゃんを野放しにしといたせいやねんからな! もっとしっかり反省させなあかんのや!」
自分のしていることが間違っていることはわかっている。いくら場を収めるためだからといって、自分の娘の命令で年老いた義母に手をあげるなんてどうかしている。そもそもしつけと称して娘に手をあげたことすらないのだ。そんなこと出来る質の人間ではないのだ。それなのに。それなのに。わたしはもう幾度となくこうやって義母に手をあげている。



