ランクをもつ人は、メンバーと「対等」ではいられない

 でも、冷静になればわかります。
 問題だったのは、私が「まだできてないの?」という言葉を口にしたことではありません。私自身は、メンバーと同じひとりの人間として、素の反応をしただけだと思っていましたが、相手にとって私は「社長」。そこには、歴然としたランクの差があるのに、私はそのことに無自覚だったのです。

 そして、私にとっては素の反応のつもりでしたが、その瞬間に私が感じていたかすかな苛立ちが、相手には強い圧として伝わっていたのです。いや、メンバーにとっては、「社長」である私に苛立ちという感情が生まれるという「気配」ですら、脅威に感じられたはずなのです。

 このことに気づいたとき、「ああ、こうして、リーダーの無自覚な言動が、メンバーに圧をかけ、彼らの心理的リソースを奪っていくんだな……」と実感しました。

 このときは、他のメンバーが指摘してくれたので、こうして反省することができましたが、それまでにも、似たような言動はたくさんしていたはずです。そして、自分は、「悪いことは何も言っていない。当たり前のことしか言ってない」と思っていたに違いありません。今思えば、なんとも恐ろしいことです。

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 このように、ランクに無自覚であることで、「心理的リソース泥棒」に陥ってしまうことには、十分に注意を払う必要があります。

 ただし、一方で、ランクを有効に活用することができれば、メンバーの心理的リソースを増やすことができることもきわめて重要です。たとえば、会社を辞めた元メンバーと再会したときに、こんなことを伝えてもらって感激したことがあります。

「櫻本さんの会社で働いていた頃のことを、今でも時々思い出すんです。
 いちばん印象に残っているのは、新しいチャレンジがうまくいかずに苦しんでいたときに、櫻本さんにかけてもらった言葉です。あのとき、櫻本さんに、『今は違うやり方に変化していく過渡期だから、特に苦しいよね。でも、新しいやり方が定着してきたらきっと楽になるし、きっと乗り越えていけるよ』って言ってもらったときに、ものすごく救われた気がしたんです。ああ、この苦しみはずっと続くわけじゃないんだって……。
 その言葉を聞いて、前を向けた気がして、頑張れたんですよね。あの言葉がなければ、今の自分はいなかったかもしれません。本当に感謝しています」

 正直なところ、記憶力の悪い私には、そんなことを言った覚えは一切ありませんでした。きっと、私は少しでも彼を励ましたくて、そんなことを言ったのでしょう。

 我ながら、たいした言葉ではないと思うのですが、それでも、彼の背中を押すことができたとしたならば、それはきっと、彼にとってランクをもつ私が口にした言葉だったからではないかという気がします。つまり、ランクがうまく機能すれば、何気ない言葉でも、メンバーにポジティブな影響を与えることができるということです。

リーダーの「小さな言動」が、メンバーにエネルギーをもたらす

 このように、リーダーは良くも悪くも、そこにいるだけで影響力をもっています。
 あなたは「自分とメンバーは、人間として対等な存在」と思っていたとしても、決してその影響力は「対等」ではありません。ランクの有無によって、影響力には大きな差が生まれるのです。

 リーダーに求められるのは、その影響力に自覚的であること、そして、その影響力を正しく使うことです。
 あるとき、私は、何気ない一言で、意図せずある人を傷つけてしまったことがありました。そのことにひどく落ち込んだ私は、信頼するコーチに「自分がこの立場にいることで、無自覚に人を傷つけてしまうことが怖い。またこんなことが起こったら、と思うと、逃げたくなってしまう」と相談したことがあります。

 すると、その方は、こんな言葉を私にかけてくださいました。
「たしかに、ランクをもつことで生まれる影響力は、人を傷つけることもありますね。でも、その影響力は、人を癒す『』にもなります。真理さんは、その影響力をどう使っていきたいですか?」

 この言葉は、私にとって大切な言葉になっています。
 ランクをもつことが悪いわけではありません。問題なのは、それを無自覚に振りかざしてしまうことです。
 ですから、ランクの差がある関係性のなかでは、自分の何気ない一言が、相手に大きな影響を与えてしまう可能性に自覚的でなければなりません。そして、「そのランクが相手にどう影響しているか」を丁寧に、慎重に見つめる姿勢が求められます。

 そして、その影響力は、使い方次第で「毒」にも「薬」にもなります。だから、「毒」になるような使い方を極力避けつつ、できる限り「薬」になることを意図して使うことが求められているのです。

(本原稿は『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』を一部抜粋・加筆したものです)

櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。