海外M&Aが増え、海外投資家比率が急上昇している昨今。「英語の決算書を読むスキル」の必要性がこれまでと比べてはるかに上がっています。しかし、ただでさえ難しそうな会計用語を英語で読むなんてとんでもない、と思う人も少なくありません。
そんな人に最適なのが新刊『【新版】英語の決算書を読むスキル』です。
実は、英語の決算書は「中学英語レベルの英単語」による勘定科目と、グロス、ネットといった「カタカナ英語」の2つを整理すれば十分理解できるのです。そんな「会計英語の勘どころ」や「会計で頻出の英単語」はもちろん、会計指標分析、成長率計算、百分率決算書といった「これでひととおり決算書を分析した」と胸を張って言えるツールまで全網羅。少しでも英語の決算書に触れる機会のあるビジネスパーソンは全員必携の書になりました。
今回はその中から、アパレル小売業のInditex(ZARA)の高収益体質の秘訣を紹介します。
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ZARAのPLから読み取れること
ZARAのをイメージして、PLから導ける仮説について、まとめてみることにしましょう。
→ZARAの2024年度の決算説明会プレゼンテーション資料(2025年1月31日)には、「Healthy gross margin(健全な総利益率)」、「Very healthy execution, Inditex expects a stable(+/-50bps) gross margin in 2025(非常に健全な業務遂行により、2025年度も安定(+/-50bps)した総利益率の見込み)」としています。
ZARA自身は必ずしも好んで用いる言葉には見えませんが、同社のビジネスモデルはFast Fashion(ファストファッション)として表現されることが一般的です。これは、常にファッション・トレンドの最先端を追いかけながら、デザイン・開発→製造→物流→販売までを高スピードで垂直統合して展開することに由来しています。
これがうまく機能すれば、メーカーとしてのマージンと小売としてのマージンの両方を獲得し、一段高い水準へと飛躍します(SPA:Specialty store retailer of Private-label Apparel)。
ファッションセンスの高い消費者が受け入れるトレンドを的確にとらえた商品であれば、売れ残り(廃棄損や評価損で原価率はupする)や値下げ(売価を押し下げ、原価率はupする)の憂き目にあうこともなく、高い総利益率(57.8%)が実現されます。
製造の大部分は第三者のサプライヤーによって行われていますが、大量発注することや在庫リスクをZARAが負うことは、サプライヤーにとってのメリットとなり、ZARAの原価引き下げに寄与します。
ファストファッションを実現するために人件費や店舗には巨額の投資を惜しまず、言わば営業費用と償却費の合算額であるSG&A(販売費及び一般管理費)147億ユーロは、売上比で38.1%に達しています。それでも60%近い総利益率を確保していれば、売上高営業利益率は20%前後という、スーパー・エクセレントな高収益率です。
これを自らは工場をほぼ保有しないアパレル小売業が実現しているのですから、驚嘆すべき「稼ぐ力」と評価できるでしょう。
→IFRSでは、リースはRight-of-use assets(使用権資産)として、資産計上された上で減価償却されます。店舗を初めとしてZARAは多くの資産をリースしていると思われます。
これについてZARAは下記のように説明しています。
Inditexでは、事業活動を遂行するための商業施設をリースしている。
出典:INDITEX GROUP ANNUAL REPORT 2024, p.48
Right-of-use assets(使用権資産)に伴うAmortisation(償却費)は15億3600万ユーロ(売上比4.0%)です。また有形固定資産のDepreciation(減価償却費)は、9億2100万ユーロ(同2.4%)なので、両者合わせて売上比6.4%の償却負担です。
これとは別にRental expenses(賃貸費用)10億7200万ユーロ(売上比2.8%)もPL上に計上されており、このうちの一部は短期や低額契約の店舗費用なども含まれていると思われます。
一等地に出店することでブランド価値を高めると同時に、ターゲットとするファッションセンスの高い消費者への容易なアクセスが確保できます。
そもそもファストファッションであるため、販売するものは目まぐるしく変わるのがZARA。もっと大胆に言えば、トレンドを見極めながら何を造って売るかをギリギリまで待って判断するのがZARAなので、広告宣伝にはほとんど費用を使いません。少々高価に見える人件費と場所代も、総利益率60%近くをたたき出すための、広告に代わるマーケティングコスト(ファッションのトレンドをいち早くつかむと同時に、店舗自体が広告塔の役割)と考えれば、補って余りある店舗への投資ととらえることができるでしょう。
→アニュアルレポート上では開示されていないものの、ZARAは売上比で僅か0.3%程度しか広告宣伝費を使っていないと言われています。Inditex創業者のアマンシオ・オルテガ(Amancio Ortega)の理念は、確実に売れる今年のデザインやカラーを見極め(または自らこれを創り出し)、サプライチェーン(デザイン・開発→製造→物流→販売)で素早くかつ適正な量で展開することができれば、売るための「広告」や、値引きを知らせる「広告」は必要ないというものです。
「機能」ではなく「トレンド・ファッション」で勝負するZARAであるからこそ、広告による認知活動ではなく、商品そのものと、店舗の存在(一等地への出店、スタイリッシュな内装、オシャレで親切な店員)が、ZARAの「広告」として機能すればよいのです。
→社員1人あたりの売上高は24万ユーロ(約3800万円)程度なので、ファーストリテイリング(同2756万円)より高い水準にあります。ただし、一部の製造工場を保有すること(ファーストリテイリングは保有しない)や、トレンドの最先端を追うためのデザイナーを多数保有すること(ファーストリテイリングはデザインより機能で勝負)、さらには営業利益率でファーストリテイリングに3.5ポイントの差をつけて高い(図表1)ことを考えれば、1人あたりの生産性の高さは、数値以上にZARAに軍配が上がると言えるのではないでしょうか。
図表1 ZARAとファーストリテイリングの主な数値の比較一覧
→新型コロナ感染症の影響をフルに受けた2020年度(2021年1月期)は、前年比27.9%と大きく減収したものの、以降は急速な売上高の回復を見せ、2022年以降はコロナ前を上回って、毎年史上最高の売上高を更新し続けています。
市場の回復を上回る急速な成長の源泉は、グローバルでの店舗数・スペースの増加と、消費者ニーズをとらえた商品のタイムリーな提供に他なりません(図表2)。6年間の年平均成長率は6.7%に達しています。
図表2 ZARAの売上高と年成長率の推移
ZARAの高い成長率や利益率、比較的大きな販管費など、そのすべてはZARAの経営方針と、それに根ざして行われた事業活動によって生み出されたものです。ビジネスがあってのPLであって、その逆ではありません。だからこそ、決算書を見る前にその企業のビジネスを少しでも想像してほしいのです。
その企業の株を買う人も、その企業に融資する人も、その企業と新しく取引を始める人も、あるいはその企業への就職を検討している人もです。こうしたすべてのStakeholders(利害関係者)は、結局はその企業のビジネス、すなわちそこから作り出される決算書に対して信頼とお金と時間、そして人生を託すことになるのです。




