株が暴落しても「売れない」…相続に泣いた家族のリアル
本連載は、相続に関する法律や税金の基本から、相続争いの裁判例、税務調査で見られるポイントを学ぶものです。著者は相続専門税理士の橘慶太氏で、相談実績は5000人超。『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』を出版し、遺言書、相続税・贈与税、不動産、税務調査、各種手続といった観点から相続の現実を伝えています。2024年から始まった「贈与税の新ルール」等、相続の最新トレンドを聞きました。
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株が暴落しても「売れない」…相続に泣いた家族のリアル
本日は「相続と株」についてお話をします。年末年始、相続について家族で話し合う際、ぜひ参考にしてください。
2025年に入ってからのトピックスとしては、相続とNISAの関係も挙げられます。株高の環境が続いていることもあり、多くの方は結果的に利益が出ている印象もありますが、最終的には保有している銘柄次第だと言えます。
株式をめぐっては、相続の手続きの進行と相場の値動きとのギャップに悩まされるケースもよく見られます。実務を通して感じるのは、「生前のうちに、ある程度こまめに利益確定をしておいた方がよい場面が多い」ということです。
ただ、ここで言いたいのは「相場観の話」というよりも、手続き上の制約がある以上、あらかじめ換金方針や保有商品の整理をしておくと、残されるご家族の負担が軽くなることが多い、という点です。相続の手続きに入ると、相続人の方々は株価の変動を見ながら大変慌てて相談に来られることがあります。相続手続き中に株価が乱高下すると、「1日も早く売らなければ」「下がる前に手放したい」といったお気持ちになるのですが、手続きの途中段階では自由に売却できないことが少なくありません。
「この状態」だと、売れません!
誰がその株式を相続するのかについて相続人全員の合意が得られ、全員が売却に同意すれば売ることも可能ではあるものの、基本的には、相続人と持ち分が確定していない状態では売却できません。そのため、株価が下がっていくのをただ見守るしかない、という状況に置かれてしまうことがあり、精神的な負担も大きくなりがちです。1度、相続に関する手続き一式を終え、名義を移転し終えないことには、相続人の判断で自由に売却できない、という現実があります。
実際に、コロナ禍の前後、2019年頃に株価が一時的に大きく下落した局面がありましたが、そのときは相続手続きの最中だったご家庭がかなり苦労されました。亡くなった方が株式投資を大変お好きで、財産の多くが株式で構成されていたご家庭のことです。
相続人であるお子さんが複数人いらして、誰がどの銘柄をどの程度相続するのかがまだ決まっていない段階で、あの大きな暴落が起きました。「とりあえず一旦ロスカットして、すぐに換金したいのですがどうしたらよいでしょうか」というご相談を受けましたが、相続人名義の口座へ一度移管し、そのうえで売却手続きを行う必要があるため、とても1日や2日で完了できる話ではありません。「これはなかなか難しいですね」とお話ししながら対応策を考えていたのをよく覚えています。
幸い、そのご家庭の場合は、その後株価が比較的早い段階で元の水準まで戻りました。その結果、「あのとき無理に売らなくてよかったですね」という話になり、「お父さんが守ってくれたのかもしれませんね」「売らないように導いてくれたのかもしれません」と、少し心温まる結末になりました。ただ、これはあくまでも結果としてそうなったに過ぎず、状況によっては、そのままさらに大きく値下がりし続けていた可能性も十分にあります。
では、どうするのがオススメ?
こうした経験も踏まえると、高齢になられた方の場合には、相場の変動だけでなく、「相続手続きの間に動かせない時間が生まれ得る」という前提を踏まえて、値動きの小さい商品や、インデックス投資などを含む分散投資といった、比較的リスクを抑えた商品にシフトしておかれた方が、将来それを受け取る人たちにとっても安心感が大きいのではないか、というお話をする機会が増えました。
では、実際には皆さんどのような資産をお持ちなのでしょうか。これは本当に人それぞれですが、非常に分散投資をしている方もいらっしゃいます。上場株式を300銘柄前後にまで分散して保有し、「それなら日経平均連動の投信を買った方が早いのでは」と思うほどの方もいらっしゃいます。その一方で、株主優待を楽しみにされている高齢の方も多く、あえて多くの銘柄を少しずつ保有している、というケースも見受けられます。
また、すごく広く分散している方もいれば、やや利回りの高い投資信託――たとえばオーストラリア豪ドル建ての債券ファンドなど――を中心に、いくつかの商品に分散して持っている方も少なくありません。一定以上の資産をお持ちになると、銀行や証券会社に担当者がつき、その方からの提案に沿って銘柄を購入している、というケースも多く見られます。ご本人としては「よくわからないので、担当者の勧めるものを買っている」という感覚でいらっしゃることも多いように思います。
相続の現場で日々感じるのは、「どんな金融商品を選ぶか」が、そのまま「相続のとき、誰がどのようなリスクや手間を負うことになるか」に直結する、ということです。2025年の相続相談のトレンドは、制度改正や市況の変化をきっかけに、「いかに節税するか」という一点から、「残されたご家族が困らない形で、どう資産を引き継いでいくか」という視点へと、少しずつシフトしてきているように感じています。
(本原稿は『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』の一部抜粋・加筆を行ったものです)







