同じ絵を前にしても、日本人と外国人では、買い方の順番がまったく違うという。日本人はまず“世間の評価”を確認し、外国人はまず“自分の感情”に従う。この違いは、なぜ日本人が「世間体のために高い買い物」をしてしまうのかを象徴している。世界的ベストセラー『アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』は、高価な物を買うことが、尊敬や賞賛を得るための最も効果の低い手段になりがちだと指摘する。その言葉を手がかりに、伊藤若冲をめぐる一つの物語を見ていこう。(執筆:前田浩弥、企画:ダイヤモンド社書籍編集局)

なぜ日本人は「世間体のために高い買い物」をしてしまうのかPhoto: Adobe Stock

なぜ日本人は「高額の絵画」を買うのか?

前田浩弥(まえだ・ひろや)
フリーライター・編集者
1983年生まれ。大学卒業後、編集プロダクション勤務、出版社勤務を経て、2016年に独立。ビジネス分野とスポーツ分野を中心に、書籍や雑誌の企画・執筆・編集に携わる。主な編集協力書籍に『リーダーは偉くない。』『今日もガッチリ資産防衛 1円でも多く「会社と社長個人」にお金を残す方法』(以上、ダイヤモンド社)『凡人でも「稼ぐ力」を最大化できる 努力の数値化』(KADOKAWA)などがある。

以前、美術に造詣の深いコンサルタントを取材したときに、興味深い話を聞いたことがある。日本人と外国人には、ギャラリーにおける絵の「買い方」に大きな違いがあるらしい。

外国人は、たとえ無名の画家の絵でも、眺めて「いい絵だ」と感じたらそのまま買うという。一方の日本人は、絵をまじまじと見る前にまず「誰が描いたのか」を確認し、続いてマーケットでの評価や評論家の意見といった情報を集め、「買うことによって、自分が周りからどう賞賛されるのか」を明確に思い描いてから買うというのだ。

結果として日本人には、すでに名前が知られている人の絵しか売れない。だから日本人のほうが高額の買い物をする傾向にあるという。

顕著な例が、伊藤若冲である。

いまや日本美術に馴染みのない人の間でも知られる名となった若冲だが、2000年代前半までは埋もれた存在に過ぎなかった。しかしその「埋もれた存在」だった時期に若冲の絵に惚れ、気持ちの赴くままに安値で買い漁っていた人物がいる。

アメリカのコレクター、ジョー・プライスだ。2006年、その所蔵を展示した「プライスコレクション『若冲と江戸絵画』展」が開催されると、日本で「若冲再評価」の流れが巻き起こる。絵の値段はどんどん上がっていき、それまでは若冲の絵に見向きもしなかった「評価の高い絵」を求める人たちが、若冲の絵に群がることになった。そのムーブメントは今も続いている。

なぜ日本人は「世間体のために高い買い物」をしてしまうのかプライスコレクションの一部である伊藤若冲の「紫陽花双鶏図」

「高価な買い物」は、周りから尊敬や賞賛を得るための「最も効果の低い手段」

『アート・オブ・スペンディングマネー』は、アメリカの投資家であるモーガン・ハウセルが著した『The Art of Spending Money』を翻訳したものであり、その中に日本人と外国人の対比はない。ただ、「高価な物を買うことで周りからの賞賛を得ようとする」ことについては、次のように警鐘を鳴らしている。

人が派手な物を他人に誇示したいのは、それが尊敬や賞賛を得るための「残された最後の」、あるいは「唯一の」手段だから、というケースがあるということだ。
知性やユーモア、共感、愛情深さで尊敬や賞賛を得るのに苦労している人は、残された唯一の(そして最も効果の低い)手段に頼ってしまう。
つまり、高価な物を買うことだ。そして高級車に乗り、心の中でこう囁く。
「私はすごい車に乗っている。さあ、注目して!」

――『アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』(p.48)

きめ細やかな描写と型破りな構成で身近な動植物を表す若冲の画風にただ魅せられ、買い集めたプライスと、若冲の再評価が確かなものになってから高値の絵を求めた人たちとの対比は鮮やかだ。結果、世間から長く尊敬や賞賛を得続けるのは、高額な買い物をした後者ではなく、自分の感情の赴くままに安い買い物をしたプライスのほうである。

世間体を気にした買い物をしても、結局、世間からは、期待したほどの反応は得られない。ならば「世間体」など初めから捨て、自分の知性やユーモア、共感、愛情深さを思う存分表現できるような買い物をしたほうがいい。

それがアート・オブ・スペンディングマネー(お金の使い方の芸術)であり、プライスが実践していたことでもある。

(本原稿は、『アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』(モーガン・ハウセル著・児島修訳)に関連した書き下ろし記事です)