「いつも、考えすぎて損してばかり!!」
日本人は礼儀正しくて、とても優秀……なのに、日々必要以上に思い悩んでいないだろうか?
“究極の合理思考”を身につければ、もっと楽しくラクになる」――。数十億規模の案件に関わり、インド人部下オペレーションを経験したインド麦茶氏は、「常に自分中心」「短期志向」「無計画で今を生きている」ように見える彼らに「日本人が幸せを謳歌するための“ヒント”」を見出したという。
新刊『インド人は悩まない』では、人口14億・上位1%が富の40%以上を所有する超競争・過密・格差社会を生き抜く人々の「規格外の行動力」と「抜け目なさ」の秘密を紹介している。今回はその魅力の中から一部をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・榛村光哲)

マナーを理解できない外国人も…日本人が過剰に気にする“エスカレーター片側空け”の知られざる秘密

日本の「片側空け」は変?

日本のエスカレーターのマナーは奥が深い。

私たち日本人は、右か左のどちらかを空けておかないとマナー違反をしている気がして心がソワソワする。空いている側に立ち止まって塞いではならず、そちらを通るのであればエスカレーターなのに歩かないといけない。エスカレーターのこのような乗り方は、「片側空け」のマナーとして日本社会で普通に行われている。

しかし、駅などのアナウンスを聞くと、実は、「片側空け」のマナーやエレベーターで歩くことは、推奨されていない。つまり、ルールや法律にこれだけうるさい日本人が、堂々と公式のアナウンスを無視した行動を揃いもそろって採っているのだ。
合理性の観点からも「片側空けは、運搬効率が悪い」という検証結果が既に明らかになっており、公式のアナウンスだけでなく、合理性すらも無視した行動を日本人全体が採り続けているのは、極めて不思議な事態だ。

空気を読んで生まれた文化

この「片側空け」の起源を遡っていくと、さらに興味深いことが分かる。このマナーが始まったイギリス・ロンドンの地下鉄からとされる。日本では、大阪万博を契機に関西地方で「片側空け」についてアナウンスを開始したことで大衆に広まっていった歴史がある。しかし、関東地方では自然発生的に「片側空け」マナーが広まっていったようだ。要は、当初オフィシャルな支持もないのに、周りの動きや空気を読み、この行為が良い行為だと人々が思いこむことによって「片側空け」マナーは関東にも広まっていったのである。
そして、このマナーが、推奨されなくなり、非合理的な行為であると分かってからもなお、周囲がそのようにふるまっている空気に逆らえずに、皆が「片側空け」をやり続けているのが日本の実態だということだ。

「周りから迷惑だと思われたくない」

これはかなり、ゾクッとくる事実だ。合理性やルールよりも、空気や周りの人々が気になって、本来採るべき選択が採れていない状態に集団で陥っているからである。

「片側空け」が非効率でオフィシャルには推奨されていないことは、かなり多くの人が知っている。それでも、人々が「片側空け」を続けている理由は、「迷惑なやつだと言われたらどうしよう」という他人の目の恐怖だ。

インドでは存在しないマナー

私が住むインドは、皆さまご想像の通り、「片側空け」マナーなど存在しない。周囲の目や動向に気を配らず、余裕で互い違いでエスカレーターに立っている。二人で仲良く横に並んで全然気にするそぶりもない。もし、急いでいる人がいれば、Excuse meと声をかけて、どいてもらえばいいだけの話くらいに図太く構えている。

勝手に自分をしばりつけて、「片側空け」マナーを雰囲気で継続している日本人が、他人の目ばかり気にしている状況とは対照的だ。

「他人のことを考えすぎ」な日本人

たかがエスカレーターのマナーだが、ここには、「人様」のことを過度に気にしてしまい、自分の正解ではなく、他人のことばかり「考えすぎ」の日本人の悩みの根が浮き彫りになっている。これしきのことに他人の目を気にして合理性を追求できないのならば、自分と他人の間に利害関係が生じることに関しては、いかに多くの日本人が心にダメージを負いやすいかは簡単に想像できる。

本書『インド人は悩まない』では、日本人の常識では測れない、ひたすらに自分の人生を生きるインド民の生き方や、彼らから学ぶ究極の合理思考を紹介している。もしあなたが、エスカレーターの「片側空け」マナーをしぶしぶ従ってしまう人なら、ぜひ、インド民の生活を覗いてみるといい。「考えすぎ」から解放される究極の合理思考があなたを楽にするはずだ。

(本記事は『インド人は悩まない』の一部を加筆・調整・編集した原稿です)