税務署が絶対チェックする「生前贈与の失敗パターン」ワースト3とは?
本連載は、相続に関する法律や税金の基本から、相続争いの裁判例、税務調査で見られるポイントを学ぶものです。著者は相続専門税理士の橘慶太氏で、相談実績は5000人超。『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』を出版し、遺言書、相続税・贈与税、不動産、税務調査、各種手続といった観点から相続の現実を伝えています。2024年から始まった「贈与税の新ルール」等、相続の最新トレンドを聞きました。
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これはやめて! 「生前贈与の失敗パターン」とは?
本日は「贈与税と税務署」についてお話しします。年末年始、相続について家族で話し合う際、ぜひ参考にしてください。
相続税対策の話になると、最近よく話題に出るのが、「相続時精算課税制度」です。2024年からは年間110万円の非課税枠もできて、一見とても使いやすくなりました。なお相続時精算課税は、一度選ぶと同じ贈与者について暦年課税に戻せません。だからこそ、110万円の枠だけを見て“軽い気持ちで選ぶ”のは要注意です。
ただ、仕組みをよく分からないまま手を出すと、「そんなつもりじゃなかった」という失敗につながることもあります。ここでは、実務で本当によく見る相続時精算課税の”失敗パターン”を三つに絞ってお話しします。
一つ目は「子どもの同意なしで制度を勝手に適用してしまう」ケースです。
相続時精算課税を使うには、税務署に「相続時精算課税選択届出書」を出します。名義人になるのは贈与を受ける側、つまり子どもです。本来は子ども本人が制度の内容を理解し、納得したうえで選ぶべきものですが、現場では、親が手続きを主導し、子どもは制度をよく理解しないまま“選択した扱い”になっているケースが珍しくありません。
子どもは「ちょっと多めの援助を受けている」くらいの感覚で、相続時精算課税を選んだ自覚がないまま年月が過ぎます。そして親が亡くなり、相続税の申告のタイミングで税理士から「数年前から精算課税を使っていますよ」と聞かされて初めて知り、そこで大混乱……というパターンが本当に多いのです。制度自体は合法でも、自分に関わる重要な税の選択が「勝手に決められていた」と知れば、親子ともにストレスになりますし、その後の申告でも混乱のもとになります。精算課税を使うなら、まず家族でしっかり話し合っておくことが前提です。
二つ目は「年間110万円の非課税枠を誤解し、過信してしまう」ことです。
2024年から、相続時精算課税でも年間110万円までの贈与は、贈与税もかからず、将来の相続税にも足し戻されない“完全非課税”になりました。ここだけ聞くと「110万円までは何も気にしなくていい便利な制度」と思いがちですが、問題はそれを超えた部分です。
110万円を超えた贈与は、精算課税のルールで贈与税を計算し、将来の相続税の計算では、その超えた分を相続財産に足し戻す必要があります。ところが、そもそも精算課税を使っていることを子どもが知らないと、「足し戻し」という概念自体を知らないまま相続税の申告をしてしまいます。結果として、超えた部分をまったく反映させない申告になり、悪気はなくても“申告漏れ”のような形になってしまうおそれがあります。
年間110万円ずつコツコツ財産を減らせるのは非常に大きなメリットです。子どもが複数いれば、その分だけ動かせる額も増えます。ただ、「110万円は安全だから大丈夫」と良い面だけを見てしまうと、超えた部分の扱いを軽く見てしまい、後から税務署に指摘されるリスクを抱えることになります。非課税枠の便利さと同時に、「超えた分は必ず将来の相続で加算する」ということを、親子で共有しておくことが大事です。
三つ目は「現金だけに使えると勘違いし、他の資産を見逃す」パターンです。
精算課税というと、“毎年現金を子どもの口座に移す制度”というイメージを持っている方が多く、「うちはそこまで現金がないから関係ない」と判断してしまうことがあります。しかし、相続時精算課税は現金に限らず、株式、投資信託、不動産などにも使える制度です。ここを知らないと、本来もっと効果的に使えたはずの相続対策のチャンスを逃してしまいます。
例えば、アパートなどの収益不動産や、高配当株のような「収入を生む資産」を精算課税で早めに子どもに移しておけば、その後に発生する家賃や配当金はすべて子どものものになります。親の財産はそれ以上増えず、子どもの側で資産と所得が育っていく。いわば「親の財産をこれ以上膨らませない」効果を狙うことができます。ただし、贈与は“名義を変えるだけ”では足りず、資産の管理・処分の実態も含めて贈与として成立していることが重要です。
株の評価方法にも、実は少し優遇があります。贈与時の株価は、贈与した日の価格だけでなく、贈与日を含む月の平均、前月平均、前々月平均という四つの数字のうち、一番低いものを贈与額として使ってよい、という扱いです。相場によっては、実際の感覚よりも少し安い評価額で子どもに移せることになり、税負担を抑える助けになります。「精算課税=現金」という思い込みがあると、こうした“おいしい使い方”に気づかないまま終わってしまいます。
こうして振り返ると、相続時精算課税制度は、決して危険な制度ではありません。むしろ2024年からは、年間110万円の完全非課税枠ができたことで、うまく使えば非常に頼りになる相続税対策の選択肢になりました。ただしその一方で、子どもの同意を得ないまま勝手に適用してしまうこと、非課税枠を都合よく解釈してしまうこと、現金にしか使えないと思い込んで資産選びを誤ること――こうした“使い方のまずさ”が積み重なると、あとからトラブルや申告漏れの火種になります。
大切なのは、制度そのものの良し悪しよりも、「家族でどこまで情報を共有しているか」「どの資産に、どんな目的で使うか」をきちんと設計しているかどうかです。相続時精算課税が気になっている方は、まず今日お話しした三つの失敗パターンに自分たちが当てはまりそうか、一度立ち止まって考えてみてください。そのうえで、必要に応じて専門家にも相談しながら進めていけば、「お得な制度だったはずが大失敗」という事態はかなり防ぎやすくなるはずです。
(本原稿は『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』の一部抜粋・加筆を行ったものです)







