「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営・組織の悩みをもとに、坂田氏に話を聞きながら、同書の思想を現在進行形の課題へと引き寄せていく。

グローバル企業向けのビジネスをしてきましたが、東南アジアの財閥向けに商売をするには何をすればいいですか?Photo: Adobe Stock

なぜ、財閥とのビジネスは
うまく立ち上がらないのか?

――今回のご相談ですが、近年、非常に多くなっているテーマですね。どう見ていますか?

 私も、特に日系の製造業から、「グローバル企業とは長年取引してきたのに、東南アジアやインドの財閥とはうまく進まない」という相談をよく受けます。

 理由として「財閥は意思決定が遅い」「ファミリー企業で特殊だ」といった説明が挙がることが多いのですが、実は本質的な原因はそこではありません。

 本当の課題は、日本企業側の“提供体制”にあります。特に、グローバル最適化を徹底してきた企業ほど、財閥ビジネスに適応しづらい構造になっているケースが目立ちます。

――グローバル企業との取引と、財閥企業との取引で、最も大きな違いは何でしょうか?

 意思決定の構造です。

 グローバル企業では、合理的な購買プロセスや明文化された評価軸が整備されています。一方、財閥企業の場合、最終的な判断をファミリーが握っていることも珍しくありません。

 しかも彼らが見ているのは、製品のスペックや価格だけではありません。その企業と長く付き合えるのか。事業全体にどのような価値をもたらすのか。

 地政学的リスクを含め、将来をともに乗り越えられる相手なのか。評価軸は、より本質的で、中長期的です。

 私自身、これまで複数の財閥と深く関わってきましたが、技術要件を満たしただけでは、関係は前に進みませんでした。

 ビジネスを超えた関係性づくりが不可欠であり、それには数年単位の信頼構築が求められます。会食や家族ぐるみの付き合いが、商談の一部として機能する場面もあります。

財閥のニーズに応えられない
「グローバル最適モデル」の限界

――「意思決定が遅い」との声も多く聞かれますが、それはどの程度、本質的な問題なのでしょうか?

 もちろん、ファミリー経営である以上、プロセスが形式的にならない場面はあります。ただ、それを「売れない理由」の中心に据えるのは、やや表面的です。

 多くの場合、より大きな障害になっているのは、日本企業側に、財閥の曖昧で複雑な要望を受け止め、それを形にする機能がないことです。相手が特殊なのではなく、こちらが対応できる体制を持っていない。そこに問題があります。

――具体的には、どのような場面で限界が表れるのでしょうか?

 たとえば、財閥側から「こういうラインを作りたい」「将来的に他の事業にも応用したい」といった相談が持ち込まれるケースです。こうした要望は、単なるスペックの要求ではなく、戦略や投資判断と密接に結びついています。

 ところが、日本本社に企画・設計機能が集中している組織では、現地拠点がそれらを受け止めきれないことが少なくありません。製品設計や開発に裁量がなく、現地に調達網もない。

 結果として「一度日本に持ち帰って検討します」「グローバル標準に合わないので難しいです」といった返答になってしまいがちです。

 これでは、財閥側から見て「一緒に事業を考えてくれるパートナー」には映りません。むしろ、「自社の事情を優先し、こちらの事情を理解してくれない供給者」として扱われてしまいます。

――要するに、単なる商談の進め方ではなく、企業の構造そのものに原因があるということですね。

 まさにその通りです。グローバル企業との取引では、製品や仕様が標準化され、効率性が重視されます。しかし、財閥とのビジネスでは、現地特有の要望に応えられる柔軟性が求められます。

 そのためには、リージョンごとに、企画・開発・調達・製造を完結できる、短くて柔軟なサプライチェーンの設計が必要になります。現場で意思決定できない状態では、いつまで経っても財閥との距離は縮まりません。

リージョン化が「選択肢」から
「前提条件」に変わるとき

――そうした構造改革の必要性は理解できても、なかなかリージョン化に踏み出せない企業も多いようです。

 その背景には、これまでの成功体験があります。日本企業の多くは、グローバル企業との長年の取引を通じて、「グローバル最適化こそが正解だ」と信じて疑わなくなっています。

 加えて、地政学的リスクがこれほど顕在化した時代を、ほとんどの日本企業は経験してきませんでした。そのため、リージョンごとに完結できる体制づくりや、サプライチェーンを短縮することの戦略的価値が、経営課題として十分に認識されてこなかったのです。

――とはいえ、いま状況は大きく変わっていますね。

 はい。地政学リスクの高まりにより、サプライチェーンの長さそのものが、リスクになりつつあります。これは財閥との関係に限った話ではありません。

 今後、あらゆる取引先との信頼性を担保する上で、現地で完結できる体制がますます重要になります。もはや、リージョン化は「選択肢」ではなく、「前提条件」になりつつあります。

――では、相談者である製造装置メーカーは、何から始めるべきでしょうか?

 最初の一歩は、実際に財閥へ向けた提案書を、本気で作ってみることです。実務レベルで検討を進めてみると、「仕様を誰が決めるのか」「開発体制は足りているのか」「ロットは現地に合っているのか」「調達先がない」といった、社内で見えていなかった課題が一気に表面化します。

 つまり、提案書を作ること自体が、自社の構造的なボトルネックをあぶり出す作業になります。

 提案を通じて売ることが目的ではありません。自分たちが本当に“売れる体制”を持っているのかどうかを確認するための第一歩なのです。

――財閥市場はやはり難しいのでしょうか?

 確かに、文化や商習慣の違い、長期的な信頼関係の重視など、簡単ではありません。ただ、財閥市場が本質的に難しいというよりも、日本企業が過去の成功モデルに縛られすぎていることの方が、大きな障害になっているように思います。

 視点を変え、順番を見直し、前提を疑いながら、リージョン単位で組織とサプライチェーンを再設計できるか。それこそが、これからの成長機会をつかむための鍵になります。

――ありがとうございました。非常に参考になるお話でした。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。