1984年生まれの政治ジャーナリストのエズラ・クラインと、1986年生まれの経済・文化ジャーナリスト、デレク・トンプソンのミレニアル世代2人による『アバンダンス 「豊かな時代」を呼びさませ』(土方奈美訳/NewsPicksパブリッシング)は、オバマ元大統領が「お気に入りの本」の1冊として紹介し、「必読書だ」と述べたことでたちまち全米45万部のベストセラーになった。

 この本でクラインとトンプソンは、「テクノロジーの指数関数的な高度化により、モノやサービスの価格がゼロに近づく“とてつもないゆたかさ”が実現する」という前提のもとに、それをいかに目指すかを論じている。だがオバマ元大統領が本書を絶賛したのは、このような“おとぎ話”よりも、たとえば序章にある次のような指摘に対してだろう。

「気候変動から地球を救おう」という言葉をよく耳にする。だが実際には多くのアメリカ人がクリーンエネルギー革命に断固反対する。リベラルな州でさえ炭素排出ゼロの原子力発電所を閉鎖したり、太陽光発電計画に抗議運動が起きたりする。「住宅問題は人権問題だ」とよくいわれる。だが国内の特に裕福な都市圏は、新たな住宅建設をおそろしく困難にするような規制をかけている。よりよい医療制度を、よりよい薬を、難病によりよい治療法を、とみながいう。だが科学者を有望な研究テーマから遠ざけるような研究、助成、規制のシステムを放置し、数百万人の寿命を延ばし、生活の質を高める発見の芽を摘んでいる。

住宅建設、高速鉄道、太陽光発電や風車には賛成だけれど「私の裏庭でやるな」。「ゆたかなリベラル」のエゴイズムによって、リベラルな政府は機能しなくなっていくPhoto/master1305 / PIXTA(ピクスタ)

 オバマは大統領時代に、こうした不都合な現実を為政者として痛感したのだろう。本書は、「リベラルによるリベラル批判」なのだ。

国民が抱える問題を政府は解決できない

 1950年代には、アメリカの住宅の平均価格は平均所得の2.2倍だったが、2020年には6倍になっている。

 雇用主が提供する従業員と家族のための医療保険の保険料は、1999年の平均5791ドル(当時の為替レートで約63万円)から2023年には2万3968ドル(約360万円)に増え、それにともなって従業員が負担する金額も4倍以上になった。

 1970年には公立大学の年間の授業料と諸経費の合計は394ドル(当時は1ドル=360円の固定相場制だったので、日本円換算で約14万2000円)、私立大学は1706ドル(同じく約61万4000円)だったが、2023年には公立大学で1万1310ドル(約169万円。それも州内出身の学生の場合で、州外の学生や留学生の授業料はさらに高い)、私立大学は4万1740ドル(約626万円)になった。

 乳児と4歳児を保育所に預けた場合の平均費用は、マサチューセッツ州では3万6008ドル(約540万円)、カリフォルニア州では2万8420ドル(約426万円)、ミネソタ州でも2万8338ドル(約425万円)だ。

 クラインとトンプソンはこうした驚くべき数字を並べたうえで、政府の失敗は保守派だけでなくリベラル派にも大きな責任があるという。

 カリフォルニア州はGDPでは世界5位に匹敵するゆたかな州で、シリコンバレーのテック産業や、ロサンゼルスの映画産業などのほか、めぐまれた環境を活かしたワインなどの農産物でも知られている。ニューヨークやボストンなど東部の都市と並んで、カリフォルニアはアメリカでもっともリベラルな州だ。

 圧倒的なゆたかさとリベラルの「正しい政治」によって、カリフォルニアではなにもかもうまくいっていると思うだろう。だが現実には、ぜんぜんそんなことはなっていない。

 カリフォルニア州の人口は全米の約12%だが、全米のホームレス人口の30%、このうちシェルターに保護されず路上生活を送るホームレスの50%を抱える。

 サンフランシスコのテンダーロイン地区あるいはロサンゼルスのスキッドロウ地区では、建物のまわりにホームレスのテントが並び、歩道には糞便が散乱し、路上には注射針が落ちている。

 リベラル派は、「われわれに投票すれば、アメリカをカリフォルニアのように統治してみせる!」とアピールできるはずだ。ところが実際には、保守派が「やつらに投票すれば、アメリカをカリフォルニアみたいにするぞ」と有権者に訴えていると、リベラルなクラインとトンプソンは嘆く。

 これはカリフォルニアに限ったことではない。共和党のレーガン大統領が1981年の就任演説で、「現在の危機においては、政府は解決をもたらすものではなく、むしろ政府こそ問題となっている」と述べたことはよく知られている。だがその3年前(1978年の一般教書演説)に「政府には国民の問題を解決することも、目標を設定することも、ビジョンをかかげることもできない」と国民に語りかけたのは、民主党のジミー・カーター大統領だった。

 国民が抱える問題を政府は解決できないというのは、40年以上も前に、民主・共和両党の共通の認識になっていた。アメリカ国民が連邦政府や州政府を信用しなくなるのも当然なのだ。しかし、なぜこんなことになってしまったのか。

カリフォルニアで住宅建設に頑強に反対しているのは、「リベラル」な市民たち

 ロサンゼルスやサンフランシスコなどカリフォルニアの都市圏の大きな問題は不動産価格の高騰で、それによって高い家賃を払えなくなったひとたちがホームレスになっている。サンノゼやパロアルトなどシリコンバレーでは、家賃があまりに高すぎで公立学校の教師が家を失い、キャンピングカーに寝泊まりしていると話題になった。

 このような奇妙な事態が起きるのは、需要と供給の法則でシンプルに説明できる。家賃が上がるのは、需要(その地区に住みたいひと)に対して供給(住宅)が少ないからだ。逆に、住宅が大量に供給されれば不動産価格も家賃も下がる。

 2022年のテキサス州オースティン都市圏の住宅建設許可件数は、住民1000人あたり18件と国内トップだった。その一方で、カリフォルニア州のロサンゼルスとサンフランシスコの都市圏は1000人あたりわずか2.5件だ。カリフォルニアは、アメリカでもっとも新規の住宅の建設が難しいのだ。

 その結果、リベラルな自治政府は住宅を増やすことをあきらめ、補助金をばらまくようになった。だがこれでは、家賃が上がって大家は喜ぶだろうが、住宅不足はまったく解消されない。供給が限られているモノの購入資金を給付するのは、「上昇しつづけるエレベーターに追いつこうと梯子(はしご)をかけるようなもの」なのだ。

 もちろんこんなことは、経済学者に聞くまでもなく政治家だって知っている。それでも補助金に頼らざるを得ないのは、ほかにできることがなにもないからだ。政治家にとっては、経済学的にどれほどバカバカしくても、すくなくとも家賃を補助すれば「やってる感」が出せて、次の選挙が有利になるという思惑もあるだろう。

 クラインとトンプソンは次のように「庭先リベラリズム」を批判する。

 サンフランシスコの街を5~6メートルも歩けば、「ブラック・ライブズ・マター」「やさしさがすべて」「不法な人間などいない」といった色とりどりの看板を目にする。一戸建て住宅専用区域の庭先に。看板のうたう理想の実現に役立つはずの新たな住宅建設して反対するコミュニティのあちこちにも。

 カリフォルニアで住宅建設に頑強に反対しているのは、「リベラル」な市民たちだ。なぜなら、「すでに住宅を所有している者にとっては、供給不足になるほど自宅の価値が上がる」から。これは「反成長のリベラリズム」とも呼ばれ、さまざまな用途制限が導入されたことで居住可能な人口が逆に減少している。

 きびしい用途制限と建築基準によって、新築住宅には最低限必要な駐車台数など、さまざまな機能や快適性が求められるようになった。「駐車場のない下宿屋を閉鎖して、高架下のテント村に追いやることが、本当に『下宿人たちを守ること』につながるのか」と著者たちは問う。

 カリフォルニアの住宅問題を取材してきたジャーナリストは、こうした状況を「時間はかかったものの、都市計画官らは数世代のあいだに貧困層向けの住居をほぼ完全に消滅させた。その結果、不動産価格の高い都市の貧困層は路上生活を強いられるようになった」とまとめている。

 庭先にさまざまなきれいごとの看板を掲げているリベラルな住民たちの望みは、「自分たちが認めるような住宅に住む余裕のない人は出て行ってほしい」ということだけだったのだ。