「私全然ダメ」東大の過去問を解く高校教師がガチ凹み→意外な効果が…【マンガ】『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の受験マンガ『ドラゴン桜2』を題材に、現役東大生(文科二類)の土田淳真が教育と受験の今を読み解く連載「ドラゴン桜2で学ぶホンネの教育論」。第122回は、東大入試における「問題と作問者」について考える。

「典型問題」は、どのように生まれるか

 龍山高校の教師たちは生徒を東京大学に合格させるため、自らも東大入試を研究する。東大合格請負人・桜木建二は「教師も生徒とともに成長しろ」と言葉をかけるのだった。

 高校の先生は東京大学の入試問題を解答できる必要があるだろうか。

 もちろんある程度の進学校であれば、受験指導の都合上、解けるようにしておくべきだ。ただ、多くの学校はそうではない。実際には、多忙を極める業務の中で入試研究に十分な時間を費やせる先生などごくわずかだろう。それでも個人的には、東大入試で何が出たかを「理解する」ことは無駄ではないと思う。

 問題で点をとることと、それを理解することは似て非なることだ。前者はゴールだが、後者はスタートである。先生たちに求められる「理解」とは、制限時間や資料持ち込み制限などを一切気にせず、自由な環境で問題を吟味・評価することだ。

 なぜならば、東京大学をはじめとする最難関大学の受験問題は、時代を先取りしていることもあるからだ。過去の問題を振り返ってみると、その当時では非常に高度な思考を要求する問題でも、後々教科書レベルの「典型問題」になっていることがあるからだ。

 そもそも、いわゆる典型問題やパターン問題は、最初からそうであったわけではない。入試や問題集で何度も何度も出題され続けた末に「典型」と呼ばれるのだ。典型になるのは問題だけとは限らない。

東大入試から広まった「定説」

漫画ドラゴン桜2 16巻P3『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク

 歴史科目では、同じ出来事についても時代とともに切り口や評価が変動することがしばしばある。定説に疑問を投げかけるような切り口で出題された内容が、その後新たな「定説」として教科書に記述されることもある。

 たとえば、江戸時代の参勤交代が大名の経済力を削ぐことを目的としていなかったことは、今の教科書では「定説」として書かれているが、1983年の東大入試・日本史で問われている。

 このような現象は、単に東大などの最難関大学のレベルが高いから起きている訳ではない。入試問題の作成者である大学の先生は、往々にして教科書の執筆者になることがあるからだ。「教科書には載せきれなかったけど、これは重要な概念・考え方だ」というこだわりが、入試問題にも反映されるのである。

 自分の研究分野の最新の知見を「〜という説も提唱されつつある」などとリード文で紹介する問題も中にはある。個別の問題の作成者が公表されることは基本的にはないが、たとえば東京大学では先生方でチームを組んで年毎に持ち回りで作成しているとする説が有力だ。教科書執筆に関わっている先生の専門分野と思しき問題には、少し注意しておく必要があるだろう。

 教科書の記述の変遷と照らし合わせながら受験問題を予想することは、なかなか受験生にできない。ただ、入試問題を研究する姿勢の重要性は受験生にも共通する。二次試験に向けて不安になってしまったら、あるいは過去問を一通り解き終わってしまったら、いちど原点に立ち返ってみよう。「入試は誰が作っているのか」という視点から過去問を分析してみるのは、決して悪い方法ではない。

漫画ドラゴン桜2 16巻P4『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
漫画ドラゴン桜2 16巻P5『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク