量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回は藤井氏がストーリー形式で量子力学について執筆した特別原稿をお届けする。

【ストーリーで学ぶ量子力学】“目に見えない世界”の証明は本当にできるのか?Photo: Adobe Stock

最先端技術に興味津々の中学生Q太郎くんは夏休みに、量子コンピュータの研究をする量子(りょうこ)先生に量子コンピュータについて教えてもらうことになりました。

しかし、そもそも量子コンピュータを理解するために必要な量子力学についてほとんど知らないことに気づきます。

ここでは、量子先生(以下、量子)とQ太郎くん(以下、Q太郎)との間の会話を通して量子力学についての理解を深めます。今回は「目に見えない世界」について学んでいきましょう。

本当に「波かつ粒子」はあり得るの?

Q太郎:先生……この前「量子は波でもあり粒子でもある」って教えてくれたよね?
「二重スリットの実験の結果からもわかる」って。

家に帰って考えてみたんだけど、やっぱり不思議だと思う!
だって、誰も波であることは見れないんだよね?
なのにどうして、こんな変な考え方を信じることができるの?

量子:そう言われるとたしかにそうだね。
でも、ある意味みんな信じているだけなんだ。

誰も直接波を見ることはできないけど、途中が波になっていると思えば、この二重スリットの実験も含めて、さっきの原子のエネルギーの問題や分子の結合についても、すごく納得のいく説明ができるようになるの。
そして、物理学っていうのは実験結果を説明できる「説得力のある理論」があればそれを受け入れることになってるんだよね。

Q太郎:実験結果をちゃんと説明できるってことは、スクリーンで観測するときにどこに粒子が出てくるかもちゃんと説明できるの?
デタラメに出ているように見えたけど……。

量子:残念ながら、Q太郎くんの言う通りなんだよね。

毎回の観測において一つの電子がどこに出てくるかまではわかっていないんだ。
だけど、どのような頻度で電子が観測されるか、つまり電子が検出される確率については量子力学を用いて計算することができるんだよ。

Q太郎:ということは、量子力学では電子は確率的にどこかにいるということなの?

量子:お、良い質問だ。
うーん、だいぶ正解に近いけど、ちょっと違うね。

電子の確率だけでは電子の振る舞いをきちんと計算できないの。
実は、確率よりももっと原始的な、「複素確率振幅」っていうものが電子の波動関数を理解するために必要なんだよ。

Q太郎:なんか難しい言葉が出てきたな……。
この複素確率振幅っていったい何なの?

量子:これはね、複素確率振幅としか言いようがないんだ、ごめんね。

できるだけ簡単に言うと、複素数の値をとって、電子がどこかにいる「可能性」の波の振幅を表しているもの。
電子の観測をすると、この「可能性」の波から決まる確率で粒子がランダムに現れるんだ。
波から確率的に粒子に化けるということだね。
この確率っていうのが複素確率振幅の絶対値で決まる。

つまり、確率よりもっと原始的な複素確率振幅が本質にはあって、そこから確率が副次的に計算されると考えるのが量子力学なんだ。

なんでも説明できる「量子力学」

Q太郎:わかったような、わからないような……なんかすごく神秘的だね。

量子:そう思うのも無理はないかもしれないなあ。
でもね、ある偉大な物理学者はこう言いました。

「不思議とは古い理論への執着、工学とは不思議を制御し応用すること。量子コンピュータはこの量子力学の不思議を計算へと応用することなのです」ってね。

たとえば、2から4を引くといくらになるかな?

Q太郎:そんなの簡単だよ、マイナス2でしょ?

量子:大正解!
これって数学の常識を習っているQ太郎くんにとってはすごく簡単だったよね。

でもね、マイナスの数字が登場する前の時代、数学者パスカルは、2から4を引くと0になるのが当たり前だと思っていたんだ。
2個のリンゴから、4個のリンゴを取ろうとすると、リンゴは無くなってしまうから0個が残るって考えたの。

もしパスカルにマイナス2個と教えてあげたら、「マイナス2個なんて目に見えない考え方があるのか?」ってすごく不思議に感じるに違いないよね。

Q太郎:なるほど、そう言われるとわかる気がするな。
じゃあ、量子力学の神秘的な考え方は「そういうものだ」って思って受け入れることにするよ。

でも、そうだとすると、波として可能性が広がっている状態ってどういう状態?
二重スリットを粒子は同時に通過できるの?

量子:いい視点を持っているね。

まず、波として可能性が広がっているような状態は重ね合わせ状態と呼ばれているんだ。
ある場所にいるか、別の場所にいるか、それがまだ定まってない状態、それが重ね合わせ状態だよ。

同時に通過する考えそのものは、粒子としての考え方に囚われていてあまり良くはないけど、電子は重ね合わせ状態として両方のスリットを複素確率振幅として通過し、一方のスリットを通ってきた自分自身の波と干渉しているんだ。

Q太郎:うーん、なんだか騙されたような気がするなぁ。

量子:ふふ、今日初めて聞いたんだから無理もないよ。
だけど、このような考え方で量子力学は大成功しているってことはわかってもらえたかな?

少なくとも今のところ量子力学で説明のつかない現象はないんだ。
これって実はすごいことなんだよ!

(本連載は『教養としての量子コンピュータ』の著者による特別原稿です。)