もう1つ、彼女もよく酒を飲むことも我が家の家風になじんだ。酒は石原家の潤滑油だ。酒を飲んでいれば我が家は皆、機嫌がいい。そしてまた、稲田家のお父さんもお母さんもよく飲まれる方だった。結婚式で訪れた伊勢の夜は大宴会になった。
結婚式は1時間に36ミリの
“裕次郎の雨”が降った
結婚式は僕が20年以上、毎年欠かさずお詣りしている伊勢神宮で挙げることにした。結婚式は行われていない伊勢神宮の神前で指輪の交換をし、それを結婚式とすることに僕は決めた。参加者は新郎新婦と両家の両親、幸子の妹綾子さんと僕の末弟の延啓の8名。前夜は近くの鳥羽温泉に泊まった。
昨年の暮れ、恒例のお伊勢参りの際、22年ぶりに妻とふたりでその鳥羽の旅館・戸田家を訪れた。あの時、親父が無理矢理宴会に引きずり込んだ若女将も、今や立派な女将さんになられていた。そして家族全員が大酒を飲んだあの夜のことをハッキリと覚えていた。ビール、日本酒、シャンパン、ワインにウイスキー。次々と宴に酒が運び込まれ、その酒を皆で面白いように空け、空のボトルがバタバタと倒れていく光景は圧巻だったと女将は笑う。
煌々と輝く大広間の光のなかで、「お前のような無愛想な男でも、こんなに楽しそうに笑うのだな」と、笑顔の親父の声が今も微かに残っている。果たして、ちょっと二日酔いの結婚式当日の伊勢は大雨。僕らが伊勢神宮の広い境内を歩いていた時間だけ強雨だった。後でアメダスで調べると、なんと1時間に36ミリの大雨だった。
僕はこの雨も、“裕次郎の雨”だったと思う。事あるごとにその生涯に雨が付きまとった裕次郎叔父。大事な撮影でも生死を分ける手術でも、葬儀でも法事でも必ず一雨きた。總持寺の本堂で読経が始まらんとする時、本堂の屋根を叩きつけるように雨が降る。雨音を聞くと、叔父もこの場にやって来たと確信したものだ。この日の伊勢にも、叔父は来てくれた。
ベタな披露宴に飽き飽き
親父から出た2つの厳令
伊勢神宮では皆に祝福された楽しい式を挙げられた。披露宴はそれから2カ月後に赤坂プリンスで行われた。その時、親父から2つのことを厳令された。親父にしてみれば、息子の結婚式は3回目。同じ事の繰り返しを何より嫌う親父は、息子の結婚式に飽きていた。







