しかし、その光景を見て一番慌てたのは当の親父だった。親父の感性をもってしても、これはいささかやり過ぎと感心したようだ。僕は親父に呼ばれ、この席次の事と次第を僕の口から皆さんに説明するようにと釘を刺された。

 稲田の父にエスコートされ花嫁が入場してくる。待ち受ける花婿の僕に花嫁は受け継がれ、2人揃って高砂の席へ向かい6人で着席する。そこで僕のマイクアナウンス。

「え~、本日の席次についてご説明いたします。私のたっての希望により、両家の両親にも披露宴を楽しんでもらいたくこのような席次と……」

 それはまるで大相撲で、物言いのついた一番を審判員の親方が説明するかのような光景だった。

書影『石原家の兄弟』『石原家の兄弟』(石原伸晃・石原良純・石原宏高・石原延啓、新潮社)

 親父も満足した披露宴のおかげか、その年の暮れ、親父に夫婦で旅行に誘われた。物怖じせずはっきりとした幸子のことを親父も気に入ったのだろう。ロサンゼルスからアカプルコへの豪華客船の旅だった。

 ところが、僕も妻も仕事の日程をやりくりして楽しみにしていた旅行の2日前、親父からドタキャンの連絡が入った。親父のドタキャンはいつものことと僕は驚かないが、妻も僅か数カ月で親父の習性を会得していた。訳の分からぬ体調不良を訴える親父と、それにつき合う母親を置いて、2人でとっとと旅に出ることにした。ならば両親の席だった飛行機のファーストクラスと客船のスイートルームを満喫させてもらおう。この時ばかりは妻もご機嫌だった。

 今にして思えば大雨の伊勢神宮が、僕の謙虚さと人への配慮の修行の始まり。結婚から23年たった今もそれは続いている。妻曰く、それは終わりがないそうだ。