松田聖子、作曲家を知らずに歌い始め…突然しゃがみ込んで号泣したワケPhoto:SANKEI

作詞家・松本隆にとって、松田聖子との仕事は特別な意味を持っていた。彼女は当時のアイドルの定説を軽やかに裏切り続けた存在だったという。松本がそんな彼女に向けた詞の中に、どのようなメッセージを忍ばせたのか。※本稿は、作詞家の松本 隆『書きかけの…ことばの岸辺で』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。なお、初出は『朝日新聞土曜別刷り』に連載している「書きかけの…」に掲載されました。

松田聖子「青い珊瑚礁」も編曲
早世した音楽家の楽曲の数々

 この回が掲載される2022年9月24日、ぼくは福岡にいるはずだ。1997年に46歳で早世した作曲家/編曲家/音楽プロデューサーの大村雅朗の功績をたたえて故郷・博多で開かれる特別なライブに、トークゲストとして出演するためだ。

 いずれもぼくの作品ではないが、「みずいろの雨」(八神純子)、「アンジェリーナ」(佐野元春)、「My Revolution」(渡辺美里)……どれも編曲したのは大村君だ。手がけた楽曲はおよそ1600。松田聖子作品もシングル2枚目の「青い珊瑚礁」から、80年代末に彼が渡米する頃までずっと携わっている。ぼくが彼と組んだのは「白いパラソル」あたりから。彼は編曲だけでなく、「SWEET MEMORIES」など作曲家としても名作を残している。

 ぼくはこれまで伝説的な編曲家たちと仕事をしてきた。筒美京平さんの曲でよく組んだのは萩田光雄さんや船山基紀さん。この2人が出てきて日本の音楽は洋楽に近づいた。そして大村雅朗の登場でいよいよ洋楽のグレードに至った。彼はそれほどの巨匠なのだ。