ルール、マネジメント、会話。組織の体質は、些細なところから滲み出る。企業や行政などで働き方改革や組織改変などに携わっている沢渡あまね氏は、書籍『組織の体質を現場から変える100の方法』で、オンラインミーティングのやり方でも組織のザンネンな体質が出ることを指摘する。オンラインミーティングのベストな方法とは何か。本書の内容をもとに解説する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

時代遅れの会議をする会社Photo: Adobe Stock

「1端末でのオンライン会議」はなぜ話しづらいのか

 フリーランスのライターになってから7年。独立して間もなくコロナ禍に突入したこともあって、筆者の仕事はオンライン取材が多い。

 そんな筆者が「今日はこの取材方式か」と少しがっかりすることがある。それは、インタビューされる側が複数人で、会議室に集まって一つのパソコンからログインしてくるケースだ。

 このケースの問題はいくつかあって、その一つは、複数人で集まった場合、声が拾いにくい人が出てくることだ。そして、誰が話しているのかわかりづらい。

 さらに、集まったメンバーで話が盛り上がってしまい、こちらが置いてけぼりになることがある。とにかく取材しにくいのである。

 実際、一度会議室のメンバーだけで話をしていて、何を言っているのかわからなくなってしまったことがある。そうなると完全に蚊帳の外だ。

 一方で、何人参加していようと、一人1端末で参加してくれるのであれば問題ない。オンライン上をメイン会場として取材が進むからだ。

 等しくオンライン上で会話が展開されれば、誰が話しているかも分かりやすいし、名前が表示されるのもいい。

 そのため、正直に言うと複数人が1端末で参加してくる企業は、「もしかして、あまりIT化が進んでいないのだろうか」と感じてしまうことがある。

 こうした違和感は、筆者だけのものではないだろう。

レガシーな組織がしがちな会議の問題点

 沢渡氏は本書で組織体質に合わせて、次のような表現をしている。

・体質が過去のある時点で固定されていて、時代の流れや価値観に合っていない=文化度が低い、レガシーな組織
・体質がアップデートされていて、時代の流れや価値観に合っている=文化度が高い、モダンな組織(P.7)

 そして、レガシーな組織ほど「オフィスにいる人たちだけで会議室に集まって、1端末でリモートの相手と会議をする」傾向にあるという。

 その問題点について、沢渡氏は次のように指摘する。

その場にいる人たちだけで話が進んでしまい、場にいない人が輪に入りにくかったり、取り残されやすいデメリットもある。ともすれば出社を好むような価値観の人たちによる同質的な意思決定が促されるなど、議論の多様性が損なわれてしまう。(P.126-127)

 そのため、オンラインのメンバーがいる場合は、一人1端末から参加し、全員がオンライン上に揃っている方が話しやすい。

全員がオンラインなら、全員が同じ環境で、同じ画面を見ながら場を創っていくことになる。見えている景色(参加者同士の距離と見え方)、画面共有されたスライド、文字情報(チャットなど)、音声などが同じになり温度差や情報格差が生まれにくい。(P.127)

 たとえ出社組が同じ部屋に集まっていたとしても、それぞれの端末からオンラインミーティングに参加した方が、場のコントロールがしやすくなるのだ。

 沢渡氏は、全員がオンラインのメリットとして、以下のものも挙げる。

・誰が参加し、誰が発言しているかが視覚的にわかりやすい
・チャット機能を併用しての発言や補足がしやすくなる
・声とチャットで別々のコミュニケーションを同時進行できる
・参加者のコメントや議事録を残しやすくなる(P.127)

 重要なのは、「その場にいない人も含めて、全員がやりやすいか」という視点である。

その会議は「誰を主語にして設計されているか」

 もし、一つの会議室で集まって話す方が都合がいいのであれば、テクノロジーの力を借りてもいいだろう。

 以前筆者が、最新のオフィスを取材した時に、驚いたAV機器があった。

 それは、自動で発話者の顔を捉えてくれるオンラインミーティング用のカメラだった。

「今この人が話している」というのが明確にわかるので、リモートの人もリアルの会議に参加しているのと同じ感覚で話ができる仕組みになっていた。

 また、どこに座っていてもそれぞれの顔が同じ距離で映るように自動で画面分割してくれるので、一人1端末からアクセスしているような状態になるのだ。

 もちろん、そんな機械を入れる予算がないという場合は、それぞれが自分のパソコンからログインすればいいだけの話だ。

 どこにいても、誰もが等しくパフォーマンスを発揮できる環境を整えることは、単なる設備投資の話ではない。

 それは、「誰を主語にして場を設計するのか」という価値観の問題と言える。

 その場にいる人を基準にするのか。その場にいない人も含めて設計するのか。

 些細に見える選択の積み重ねが、組織の体質を形づくっていく。

 会議のやり方は、組織の思想そのものなのである。