米ビデオゲーム史、重要な瞬間を振り返るJan Feindt for WSJ

 ビデオゲームは時間の浪費、と考える人は多い。確かにそうかもしれない。だが、ビデオゲームは世界で最も収益性の高い娯楽でもあり、2024年には世界全体で1800億ドル(約27兆5400億円)以上を稼いだ。この金額はハリウッド、米プロフットボール(NFL)、米動画配信大手ネットフリックスの収益を合わせたよりも多い。

 全ては、シンプルな2人用ゲームから始まった(卓球ゲーム「ポン」のことではない)。本当に最初のゲームは何だったのか、そしてビデオゲームがその後どのようにして現在の巨大なグローバル産業へと進化したのかを見ていこう。

始祖は「スペースウォー」

 少なくとも1950年代までさかのぼると、チェッカーや三目並べといった数種の基本的な電子ゲームが研究室で設計されていた。注目を集めたものの一つが、物理学者のウィリアム・ヒギンボーサム氏が58年に米ブルックヘブン国立研究所で一般公開展示のために制作した「テニス・フォー・ツー」だ。これはオシロスコープ、つまり電気信号を測定・表示する装置でプレーされた。

 しかし、現代のビデオゲームの始祖と広く考えられているのは、スティーブ・ラッセル氏の「スペースウォー」だ。これは1961年、同氏がマサチューセッツ工科大学(MIT)の学生時代にコンピュータープログラミングの演習として設計した。これは、改造されたアナログ機器でしか動作しなかった初期のゲームとは異なり、純粋なプログラミングコードだったため、そのコピーを他の学校やコンピューター研究室に送ることができた。「スペースウォー」は比較的広範囲に――それでも限定的であるが――流通した最初のゲームとなった。

 MITで12万ドルもする自動車サイズのコンピューター上で動作した「スペースウォー」は、太陽の周りを飛行する宇宙ロケットの空中戦を中心とした2人用ゲームだった。