メールもマウスも、最初に生んだのはアップルでもIBMでもなかった。1973年に完成していた幻のコンピューターを、市場に出さず放置した企業がある。発明はできたのに、価値化できなかったのはなぜか?
楽天グループ代表取締役会長兼社長・三木谷浩史氏をはじめ、Google元会長やZoomの創設者も絶賛する世界的ベストセラー『1兆ドル思考 世界一流の成功をもたらす9原則』をもとに解説します。

スティーブ・ジョブズが「IBMやマイクロソフトにもなれたのに…」と絶賛した「幻の大発明」とは?Photo: Adobe Stock

世界を変えたのに日の目を見なかった「幻の大発明」

痛ましい事例として、1973年に開発された「アルト(Alto)」について考えてみよう。

アルトは多くの「初」を備えたコンピューターだった。マウスや画面上のボタンをクリックすることで操作する、グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)を搭載した初のシステムであり、オブジェクト指向プログラミングを使った初のコンピューターであり、メール送信が可能な初のコンピューターだった。

アルトがなければ、インターネットの開発にはもっと長い時間がかかっていたか、その実現もおぼつかなかったという見方さえある。

アルトは、よくある「ガレージ」の物語ではなく、企業の発明だった。

この画期的な小型コンピューターは、スタンフォード大学のキャンパスに程近いパロアルトの研究開発(R&D)ラボで設計・開発された。

ラボの存在価値を正当化するには、こうした発明品一つで十分だろう。

ところが、非常に多くの成功したプロジェクトがこのラボから始まっているのだ。

「アドビ・アクロバット(Adobe Acrobat)」のメーカーであるアドビ(Adobe)や、1980年代にコンピューターネットワーク機器の成功をけん引したスリーコム(3Com)をはじめ、10社以上が上場を果たしている。

その企業の経営陣は、社内の発明家のために素晴らしい環境をつくり、優秀な人材を集め、それによって多くの破壊的なアイデアを手に入れることができた。

だが皮肉にも、それを自社で商業化することを故意に避けた。

そのラボから誕生し成功を収めた10件のプロジェクトは、独立した企業としてスピンオフされ、社外で商業化を果たした。

同社はこれらのスピンオフ企業に出資しなかったため、そこから利益を得ることはなかった。

こうしたプロジェクトが同社のコア技術とかけ離れていたことと、見込まれる初期収益が主要事業部門の収益と比べてとるに足らない額だったことが理由だ。またもやNIH症候群の仕業だった。

では、アルトはどうだろうか。その画期的発明は成功を収めたのだろうか。

実は、アルトは約2000台しか製造されず、市販されることはなかった。

R&Dラボの所有者たちはその可能性を見抜けず、製品の商業化が遅れたのだ。

アルトの次世代機「スター(Star)」が発売された頃には、IBMのパソコンが10分の1の価格で市販されていた。当然、IBMの圧勝だった。

スティーブ・ジョブズはかつてインタビューで、アルトの開発を支えた企業は「今日のコンピューター業界全体を手に入れていたかもしれない。IBM……さらにはマイクロソフトにもなれていたはずだ」と語った。

IBM、マイクロソフト、アップルの企業価値の合計額は数兆ドルにのぼる。

その額は、パロアルトにそのラボを設立した企業の時価総額の1000倍を超える。

そして、その企業はいまも存在している。

その社名に察しはつくだろうか。

ゼロックスだ。

(本記事は『1兆ドル思考 世界一流の成功をもたらす9原則』から一部を抜粋・編集しています)