メッシのユニフォームを持った子どもPhoto:Marcos Brindicci/gettyimages

アルゼンチンにおいて、サッカーは単なるスポーツではない。階級闘争であり、政治であり、国家そのものだ。世界最大の観客動員数を誇るサッカークラブ、リーベル・プレートと、港湾労働者の街の誇りであるボカ・ジュニアーズのサポーター、富裕層と労働者、右派と左派、そしてマラドーナとメッシへの評価さえも同じ構図で分かれている。連載『美しき衰退』#9では、地鳴りのような大歓声が響く南米最大のサッカースタジアムで、アルゼンチンという国の本質を探った。(ノンフィクションライター 泉 秀一)

マンUやマドリーより人気!
世界一の南米サッカークラブの迫力

「ウォォーーーーー!!」

 2025年4月13日、日曜日の夜、地鳴りのような大歓声が響いた。ここはアルゼンチンの首都、ブエノスアイレス市北部のヌニェス地区で8万5018人を収容する南米最大のスタジアム「エスタディオ・マス・モヌメンタル(通称:エル・モヌメンタル)」だ。

 このときスタジアムでは、アルゼンチンのサッカー1部リーグ、プリメーラ・ディビシオンの試合が行われていた。ホームのリーベル・プレートがタジェレス・デ・コルドバを迎え打つ一戦。リーベル・プレートはアルゼンチン屈指の人気チームだが、タイトルを懸けた戦いではなく、普通のリーグ戦だ。にもかかわらず、スタジアムは超満員で、チームカラーの赤と白に染まっていた。

リーベル・プレートVSタジェレス・デ・コルドバのスタジアムの光景。リーベル・プレートVSタジェレス・デ・コルドバのスタジアムの光景。 Photo by Hidekazu Izumi

 キックオフの前から、スタジアム全体は爆発的な大歓声で、火や発煙筒が連続して打ち上げられ、8万5000人が一斉にチャント(チームや選手を鼓舞するための応援歌)を歌い始める。太鼓が鳴り響き、地響きのようなリズムが会場全体を包む。試合が1対1の同点で終わるまで、地鳴りのような大歓声によって鳥肌が収まらなかった。

 リーベル・プレートは、世界で最も観客動員数が多いクラブとして知られている。25年の観客動員数は世界一で、スタジアムの収容可能人数と1試合の平均観客数は8万5018人で同数。つまり、全試合で満員を記録したということになる。

 世界一ということは、英国のマンチェスター・ユナイテッドやスペインのレアル・マドリードなど欧州の名だたるビッグクラブをも上回っているわけで、スタジアムの規模の違いはあるにせよ、改めてアルゼンチンのサッカー熱の高さが垣間見える。

 スタンドを見渡すと、老若男女が入り交じっていた。70代と思しき老人が、若者と同じように腕を振り上げている。10歳にも満たない子どもが、父親の肩に乗って叫んでいる。女性たちも、男性に負けじと大声を張り上げている。

 筆者の横に座っていたのは、日本で言うところのギャルのような派手な格好をした10代くらいのアルゼンチン人女性だった。彼女は90分間、一度も椅子に座ることなく、腕を必死に振り上げながら応援。アウェーチームの選手がファールをすると、絶叫するように大ブーイングを浴びせていた。

 こうした大声援を目の当たりにすると、アルゼンチンという国において、サッカーというスポーツがいかに特別な存在かを痛感させられる。それは単なる娯楽ではなく、人々が自分を表現する手段にも、ストレスのはけ口にも見える。

 なぜ、ここまでアルゼンチンの人々はサッカーに熱くなるのか。

 ディエゴ・マラドーナやリオネル・メッシを生んだサッカー大国としてのプライド、政治や経済が不安定な中でサッカーが国のアイデンティティーのよりどころだったという事情など、理由は複合的だ。その理由の一つに、地元チームへの応援という枠を超えた、地域ごとの歴史的背景や社会的立場が深く刻み込まれているという側面がある。

 スタジアムで繰り広げられる戦いは、ピッチ上の11人対11人の勝負だけではない。それは、異なる階級、異なる価値観、異なる生き方を象徴する者たちの衝突でもある。その最も先鋭化した象徴が、アルゼンチン国内の人気を二分する二つのクラブだ。

 リーベル・プレートvsボカ・ジュニアーズ――。

 この二つのクラブの対戦は「スーペルクラシコ」と呼ばれ、サッカー大国アルゼンチンで最も激しい一戦として知られている。世界中のサッカーファンが「一生に一度は観てみたい試合」として挙げるほどの伝説的なダービーマッチだ。

 両者の対立は、単純なライバル関係だけでは語れない。リーベル・プレートとボカ・ジュニアーズという二つのクラブは、アルゼンチン社会そのものの写し鏡でもあるからだ。