サラリーマンでありながら海外の映画祭でグランプリを受賞した長久允氏。その思考法と脚本術を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』が発売となりました。佐久間宣行さん、ラランド・サーヤさんも大絶賛の同書から、抜粋・再構成して特別公開します。

脚本の教室Photo: Adobe Stock

「正解の選択」をしたはずだった

 学生時代、映画監督になるのが夢でした。

 学校の横にあった小さな映画館で、授業の合間に映画を観ていたのを覚えています。

 いつしか自分も映画を作りたいと思うようになり、しかし作ってはみたものの、さっぱりなんの賞にも引っかからず、タイムリミットが来ました。

 私は就活をして、運よく拾ってもらった広告代理店に入って、営業職につき、毎日スーツで仕事をしました。

 仕事自体は大好きだったし、やればやるほどある程度の結果は出て、やりがいもある。次第に、労働にブーストがかかりました。

満たされないまま消耗していく

 そのあと社内試験を受けて、営業職からCMプランナーという職業に変わりました。

 クライアントさんから「売りたい商品」のオリエン(説明)を受けて、それを映像でどう伝えると視聴者が買いたくなるかを何百案も考えて、おすすめをプレゼンするという仕事です。

 CMの監督に近そうに感じますが、実際働いてみるとまったくもって遠い仕事でした。

「超ヒットCMをガシガシ作るぞ!」と意気込んでいたのですが、そう簡単にはいきませんでした。そんなに甘くないですよね、世の中って。

「お前の企画って暗いから、もっと明るい案を出さないとチームから外れてもらうよ」
「このセリフは世界観あって気になるけど、商品購買のためにはいらないね」
「お前はサブカルだからお前がおもしろいと思うもの、じゃなくて、たくさんの人の心が動くものを作らないとダメだよ」

 などなど。これらは実際に先輩方からいただいたお言葉です。

 広告を作る上で全部正しいと思いますし、今となっては私の得意なフィールドと広告というものとの相性が悪かったんだなと思えますが、当時は悩み苦しみました。

 心を消して死に物狂いで頑張っても、結果がついてこない日々が続きます。

倒れてわかる。「クライアントは自分」

 そしてあるとき体調を崩し、路上でアスファルトを見つめながら思いました。

 どうして私は、こんなにも、死にそうになりながら、命を捧げながら、誰かが作った商品を「なんとなくいい」と思わせることに時間を使っているのだろうか。

 そうして私は、もっと表現したいものが別にあるはずだ、と思い出せたのです。

 私の脳みそはもっと自由に弾けているのに、私はそれを日常でまったく使っていませんでした。毎日クライアント様に頼まれた仕事で忙しく、to doリストで脳みそを埋めていました。

 でも、私は倒れてやっと気づけたのです。

 自分の人生のクライアントは、「自分」じゃんか。

 それはそれはシンプルな気づきでした。よく考えたら当たり前なのに、労働する私はそのことを忘れて生きていました。

 それに気づいてから、他のものは一切中断し、10日間の有給休暇を使って32歳のときに映画を作りました

 この気づきがあったから、今があります。

 そしてそれこそが、「自分だけが作れるもの」を作るための答えでもあったのでした。