サラリーマンでありながら海外の映画祭でグランプリを受賞した長久允氏。その思考法と脚本術を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』が間もなく発売となります。佐久間宣行さん、ラランド・サーヤさんも大絶賛の同書から、抜粋・再構成して特別公開します。

脚本の教室Photo: Adobe Stock

一度は夢をあきらめて、就職

 学生時代、映画監督に憧れつつも、無関係の職種に就職する道を選びました。

 映像系の会社で監督職を希望したけれど、すべて落ちたのです。

 なんとか奇跡的に運よく1社だけ内定をくれた広告会社で、営業職として働くことになりました。

 坊主でスーツでネクタイで、満員電車に揺られて出勤し、毎晩遅くまでマーケティング資料を作る。

 そんな、仕事第一主義のサラリーマンでした。

労働にブーストがかかる

 そのあと社内試験を受けて、営業職からCMプランナーという職業に変わりました。

 CMの監督に近そうに感じますが、実際働いてみるとまったくもって遠い仕事でした。

 ですが、やればやるほどある程度の結果は出て、自己承認欲求も満たされるわけですから、実際やりがいも感じていて、労働にブーストがかかりました。

 今改めて思うと、それはいわゆる「社畜」というものでしょうか。会社にとって都合のいい社員だったと思います。

 働くということは、そういうことだと思い込んでいました。

有休10日で世界一

 そしてある日のこと。私は路上でめまいがして、うずくまりました。

 そういえば、首が回らなくなって2年間コルセットをつけっぱなしで生活をしていました。数日前から左耳が聞こえてないことにはうっすら気がついていました。

 そして私は、このまま無理して働いたら、いつ死ぬかわからないし、人生で一度でいいから、「自分が本当に良いと思うかどうかのみを考えた映画」を作りたい。そう思うようになりました。

 ここまで気づいても「1回きり」と思うところが小心者の証拠だなと今では思います。何回だってやっていいのに。

 そうやって有休休暇10日でできたのが、サンダンス映画祭でグランプリを受賞した『そうして私たちはプールに金魚を、』という映画です。

倒れて気づく。「クライアントは自分」

 まさか、自分の作品がアメリカの一番大きな映画祭で世界中の1万作品の中からグランプリに選ばれるなんて、思ってもいませんでした。

 なぜそんなことができたのか。

 私は倒れてやっと気づけたのです。
 自分の人生のクライアントは、「自分」じゃんか
 ということに。

 よく考えたら当たり前ですが、労働する私はそのことを忘れて生きていました。

 すべては、他者の評価を気にせず、とにかく自分が納得できるものを突き詰めた結果。

 そしてそれこそが、納得できる仕事をするための唯一の法則であると、気づくことになったのです。